いのだ。
通り一遍の文化人は、この非文学的な宗教を見て、一遍に軽蔑してしまう。そしてこれこそインチキ宗教のインチキたる証拠だと考える。そこへ持って来て、猥雑な観念とデリカシーを欠いた趣味の悪い実践とだ。いよいよインチキだということになる。――だがこうした点はインチキ宗教のインチキたる症状ではあっても、そのインチキ性自身ではない。発熱は病気の症状だが、病気の本質ではない。熱が出ずに次第に命を落とす病気も多い。文化人の趣味や嗜好にとってインチキに見えないようなインチキが沢山あることを忘れてはなるまい。だから「ひとのみち」だけがインチキ宗教なのではなくて、たまたまそれが露骨なために、宗教なるもののインチキ性を思い切って露出したまでだというのである。
しかし社会の既成観念の秩序が乱れて来ると、教養あり教育ある人間も、その趣味や嗜好ではもうやって行けなくなる。その趣味や嗜好の洗練が物の役に立たぬとなれば、文化人も平俗人も結局同じものになる。でそこに、一種風俗感を催情するものとして立ち現われた「ひとのみち」やこれを典型とする一連の類似宗教は、識者と無識者とを問わず、斉しく風俗的魅力を有って来る
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