正直にも[#「正直にも」に傍点]、この悪いものの代表としてみずから買って出たものであって、この点むしろ極めて誠実な犠牲的なそして天才的ともいうべき現代「宗教」なのだ。
ひとのみちにはキリスト教や仏教のような文献上や文学上の長所がない。だから宗教学者のいう「宗教的真理」を持ち合わさない。品も悪く柄も悪い。しかし下等な人格や品の悪さにも拘らず美人というものがあるように、恐らくこの宗教にはある甘美な風俗感を催させる何かがあるのだろう[#底本では「あるだろう」となっている]。そこに問題があるのだ。
二[#「二」はゴシック体]
たとえば、類似宗教に数えてしかるべき「生長の家」の谷口氏は、一種の文学的才能をもっている。講演したものを読んでみると、一種キリスト風のソフィズムを感じるのである。倉田百三氏の『出家とその弟子』などと、ジャンルは別だが文化的本質を同じくしているだろう。既成大宗教もその阿片的魅力の大部分は実はこういう文学的[#「文学的」に傍点]な魅力であることを、注意しなければいけないと思うが、処が「ひとのみち」になると(天理教や大本教でもそうだが)そういう文学的魅力はまるでな
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