界的大宗教と、所謂今日のインチキ宗教とを区別するものは、その宗教的[#「宗教的」に傍点]真理価値ではないので、その文学的[#「文学的」に傍点]な真理価値(だが本当に之が真理で価値があるかは別に検討せねばならぬが)なのだ、ということになる。夫は[#「夫は」に傍点]宗教としての区別ではなくて、却って文化[#「文化」に傍点]としての区別なのである。――だから宗教を文学的な認識から引き離し、宗教を教養や文化から独立させようとするトルストイの手によれば、キリスト教は何等の世界的大宗教でもなくて、安心のための弁解と口実との例のインチキ宗教の範疇へ還元される。「イワン・イリイッチの死」は、イワンのそういう「インチキ宗教」的な死に際の秘密を解いているのだ。
ここからも判るように、宗教をただの文化的教養としてではなく、あくまで宗教として純化する時、その典型は他ならぬ「インチキ宗教」なのである。この点逆説のようだが、明白な事実にぞくする。であればこそ、所謂新興宗教の一種の新鮮さと魅力とがあるわけで、そしてもし仮に宗教を、社会がもつ社会自身の自己風刺だと云っていいとすれば、類似宗教・インチキ宗教・邪教こそ
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