経済にもあまりなるのではない。何が、では人々を惹きつけるのか。
 私はどうも、人々を惹きつける所謂宗教的真理内容(夫は世界的大宗教に存すると云われている)は、実は宗教的[#「宗教的」に傍点]内容のことなのではなくて、文学的[#「文学的」に傍点]内容のことなのではないかと思う。梵文学や仏教聖典・キリスト教聖書などは、明らかに文学的遺産として吾々に伝えられている。之は文学として見る時、たしかに大きな文学だろう。尤もその文学が科学的真理とどう連絡しているかは今は問わないことにしよう。なぜなら今日まで、科学的真理をまるで無視した文学も、なお大文学として、或る存在権利を与えられて来ているからだ。モールトンはバイブルを世界の五大文学の源泉の一つに数えている。彼によるとバイブルは単に聖典なのではなくて、夫が聖典として伝承され得たのは、韻を踏んだ立派な大きな文学的古典であったからなのである(彼は本来持っていた韻を復活させた読みもの[#「読みもの」に傍点]としてのバイブル原型をも出版している)。この点、他の世界宗教についても同様に云えるのではないかと思われる。
 でつまり宗教的真理内容があると云われる世
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