学試験で夢中になっているマダム達が沢山出て来るのである。――それから「真理運動」の賛成者を統計で見ると、商人の次にはサラリーマンであって、仏教的教養のあるインテリ専門かと思うと、必ずしもそうではなくて、単に小市民層向きだと云った方が当っているようだ。勿論サラリーマンは範疇として[#「範疇として」に傍点]はサラリーマンであって範疇としてのインテリゲンチャではないのである。
新興宗教が多数のインテリを動かしていることは事実だが、それは正に小市民としての資格によるものだと見るべきだろう。それはあまりインテリ向きに出来ていないという事実を見落してはならぬ。処で実はそこに、その一種の無教養・無伝統・歴史的権威の欠如・という処に、新興宗教が所謂「インチキ」と考えられる一つの理由が伏在しているのである。自分でインテリだと思っているインテリは、キリスト教とか仏教とかいう歴史的伝統の権威を持ったものでなければ、教養あるものとは認めない。注釈と解釈とによって文化的財産の形をとったものでなければ、信用しない。そういう歴史的距離を距てて見なければ、一切のものは成り上り者に見えるのである。彼等は原始キリスト教
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