らば、金をかけずに早く死んだ方がいいかも知れない。そこでインチキ治療宗教の青酸加里的効用があったわけだ。だから必ずしも迷信(科学的無知)からインチキ宗教へ赴くのではなく、却って理性的な打算からインチキ宗教へ赴くのであって、雑誌の出版屋にしても、インチキ宗教を信じることを標榜した方が、そのインチキ宗教の信者を読者に獲得出来るわけだし、ましてインチキ宗教を売り出す当人達の方では、初めから終りまで完全に理性的なのである。ただ宗教業者の方は、あくまで何等の迷信を有たずにやって行けるに反して、その顧客の方は、いつの間にか本当に迷信をするようになるものが少なくはないというだけだ。――迷信は社会的に見ると、無知のことではなくて、利害感に立脚するインチキ現象の一種のことであり、従って却って極めて理性的な本質のものなのである。だからこそ、対自然科学的、又対社会科学的、迷信は、この社会に於て現実的に実在し得るのだ。

   三[#「三」はゴシック体]

 上品な現象から云って行けば、新興宗教はインテリの不安につけ入ったものだと云っていいかも知れない。そうすれば不安の文学とか不安の思想とかいうものも、一種の
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