、迷信の必要があるのである。治療宗教・御利益宗教は、自然科学[#「自然科学」に傍点]的(仮に治療医学を自然科学へ分類するとして)認識と矛盾することを却って必要とこそ感じる迷信であり、正信や宗教的「真理内容」や文化的宗教は、社会科学[#「社会科学」に傍点]的認識と矛盾することを絶対に必要と感じる迷信なのである。ただ対自然科学的迷信の方は、或る程度まで支配諸社会の必要と常識とに矛盾するので、社会的権威を与えられていないに反して、対社会科学的迷信の方は、国家的権威をさえ付与されているというだけの違いだ。
だが支配者社会から権威を認められないにも拘らず、この対自然科学的迷信が、この頃では段々社会的に必要になって来たということを見逃すことは出来ない。医者は大衆の生活費に較べて馬鹿々々しく高価なので、併しそうだからと云って病気を治療しないというわけには行かないので、一見金のかからない類似医学やもっと大悟徹底すれば治療宗教をその代用物として採用する。もし不治の病、即ち治療費が嵩む病気ならば、そうした方が安上りに治療の良心[#「良心」に傍点]を静めることが出来て、理性的に賢明なわけだ。どうせ死ぬのな
前へ
次へ
全451ページ中360ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング