特に私立大学になれば、この互恵関係が、大学乃至校友会と選手及び学生との間に、コンデンスされるから、今日の近代学生(帝大生はもはや「近代学生」に数えることは出来ないかも知れない)はスポーツに異常に熱心であらざるを得ない。スポーツによって彼等は、就職・有名・更に又恋愛をさえ連想することが出来る。そうした華やかな肩身の広い夢によって、近代学生生活の一面が構成されているのである。「応援団」というようなものがこういう近代学生生活面の象徴なのである。
しかしいわゆる学生運動[#「学生運動」に傍点]という運動の方になると、大分、視角を変えて考えなければならぬ。
二 スポーツの喪失とファンの発生[#この行はゴシック体]
文部省的頭脳によると、スポーツとは体育のことであるのだが、処がそれがすでに、例えば六大学野球連盟の社会的発達の結果、段々怪しくなって色々の矛盾につき当るようになり、更に職業野球団が出来上ったり、学生スポーツマンが職業スポーツマン化して行ったりすることによって、決定的にこの文部省的スポーツ観念の崩壊を来さなければならなくなった。そしてこの見方は最近愈々確かめられて来たように
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