ツのこの社会的アヘン性と、それに対する世間の渇望とを利用して、スポーツ場をステージやショーウィンドーになぞらえ、スポーツマンをマネキンに仕立てる。良い教授を雇うよりも一人のマネキンを雇う方が資本はかかるかも知れないが、結局、その方が利益になるのだ。なぜなら私立大学の学生の大半は、自分の学校の有名な教授の名は知らなくても、他人の学校の野球選手が何を好物にしているか位いは知っているからである。
所が学生スポーツマンは、自分が世間や学校の傀儡であることを能く知っている、そしてこれを逆に利用するのである。彼は選手であるということによって世間的には非常に有名である。所がディスティンギッシュだということは、この就職難の頂点においては何よりも有利な特権だ。重役や課長にしても、自分の会社のマネキンに仕立てようというばかりではなく、世間でよく知られている人物の方に、より興味を持ち、やがて好意をさえ有つようになるのは自然だろう。だから選手にとってはスポーツが何よりもの勉強で、これさえ精進すれば秀才連は足下にも及ばないことを能く知っているのである。
今日のスポーツマンは社会全体とこうした互恵関係にあり、
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