。――で例の大学教授連盟も、もしこうした一種の威厳業組合か、又は威厳業ギルドであるなら、歌舞伎座へねじ込むのも商売上大いに必要なわけだろう。
教授や先生が一種の威厳を条件にする威厳業だということに対して反対する人は、今日教師達がどこの学校に於ても、皆夫々教員職業組合を結成しているという事実上の意義を理解しない人だ。学生生徒の行動から学校問題が発生する時、学生生徒の集団に対していつも正面に押し出されて来るものはこの威厳業組合だということを注意すれば、この点はすぐ判るだろう。――一体今日、学の自由を叫んだり叫ばなかったりする大学のユーニヴァーシティーなる名前は、中世のカトリック教会学校関係者の職業組合を意味する言葉であって、今日の大学は実は、こうした中世大学に対抗して起きたブルジョアジーのアカデミー[#「アカデミー」に傍点]が変質したものなのだが、その名前には依然この中世の「ユーニヴァーシティー」を冠している。そして大切なことは、この教職組合=ユーニヴァーシティが、今では学生とは全く独立した組織となったことだ。大学の学生はこの二十世紀的ユーニヴァーシティには入れてもらえないのである。
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