愚劣でない教授の方は助かるというものだ。処が教授連盟の代表者の主張によると「大体外国には学者をバカにする芝居がよくあるようだが、日本では決して許されない、今後厳重に監視する心算だ」というのである。こう主張している教授を主人公とするような喜劇が、今日の日本では社会的に大いに必要なのだが。
一体教授達が、ホンの僅かなことに侮辱を感じたがるのは、云うまでもなく、彼等の先生意識[#「先生意識」に傍点]からである。つまり教授といったような先生業は、その生業が成立する条件として、或る何かの社会的威厳を必要とするのである。この威厳が保てないと商売にさしつかえを生じるわけなのであるが、併し威厳の必要な職業は他にも沢山あって、将校や警官、又上級官吏や社長や課長から、凡そありとあらゆるものを含んでいる。この内特に知能的な指導力がこの威厳を裏づけていて、そして特に又、この威厳ある知能的指導力が同時に相手の弱点に食い入る支配力を意味する時、初めて先生[#「先生」に傍点]という身分が発生するのである。弁護士・医者・代議士・売卜者から所謂先生である教師に至るまで、皆そうした条件を持った限りの威厳業を意味している
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