教権からの大学の独立自治を意味する。それは一方に於て学の自由という理想を云い表わすと共に、他方に於て教授乃至学生を含む学職団の社会的自由を云い表わした。無論そうは云っても、大学がカトリック教権から独立であることは、哲学乃至科学が神学の要求と矛盾する時、前者が後者の支配に無条件に屈服せねばならぬという、学問上のヒエラルヒーを除外するのではなかった(「哲学は神学の婢女」)と同時に、大学学団のギルドがカトリック的(封建的)社会機構の限界内に於てしか自由でなかった、ということをも妨げない。中世の大学の独立自治と中世のカトリック教権との矛盾を蔵しながら、依然として中世的秩序に包摂されざるを得なかった処の、大学の状態を示すものに他ならなかった。
教権から実質的に自由になったもの、即ち単に教権と撞着するだけではなく、教権に対抗し之を批判し得たものは、実はブルジョアジー(イタリヤやイギリスに於ける)の好奇心に充ちた商業会議所ともいうべきアカデミー[#「アカデミー」に傍点]であった。従ってこのアカデミーは又おのずから中世的「大学」と対抗し、之に代るものとして現われた。今日のブルジョア大学の組成の一半は
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