重要産業工場への進出も、今は帝大だけが享受する特権ではなくなった。学究的な水準から云っても、あまり大した区別を両種の大学の間に見出す事は出来ない。――尤も之は歴史の波の割合大きなうねりに注目する限りそうなので、もっと微細な顕微鏡で臨めば、以上の点だけを限って見ても大いに私大と帝大との差別はあるのだが、併し二つが段々その実質上の資格に於て接近しつつあるという方向は、その際にも依然として動かない処である。だからもはや今日では、私立は自由で帝大は官僚的だ、などという世迷いごとは通用しない。帝大は官僚的な圧迫に対しては甚だダラシがないが、同時に社会的市井的な圧迫に対しては私大が最もダラシがない。帝大は市井から制約を受けることが少ないが、それと同程度に、私大は官僚的制約から依然として自由だ。例えばだから現代日本のファッショ的圧力に対してどれが強くてどれが弱いなどとは云えないのである。
 にも拘らず一つ見落すことの出来ない違いは、帝大には殆んど名目上に過ぎぬとは云え教授会乃至評議会としての大学自治組織があって、それが対政府的にも対社会的にも、又対学内的には無論、或る程度まで効力を有っているという点
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