だが第二に学生は夫にも拘らず学生であって一般の無産勤労大衆自身やプロレタリア自身ではないことは云うまでもない。或る特別な民衆だ。と云うのは知能の高い民衆であるということだ。或いはもっと正確に云うと比較的高い知能を期待出来る処の若い民衆だと云うのである。なぜなら学校教育だけが知能や教養を与えるのでもないし、又学校教育が却って知能を低めたり教養を妨げたりすることも事実だからである。
 要するに簡単に云うと、学生は知能(インテリジェンス)に於て一般の民衆から区別されることが本質的な点なのである。学生は他の一切の規定によってその特性を規定することが出来る。だが今は、学生生活の歪曲を如何にするかという問題だ。この問題にとってはこのインテリジェンスが根本的な観点だ。――つまり学生生活の歪曲は他でもないので、知能という人間の普遍的に日常必要な一つの技能[#「技能」に傍点]を当然最もよく訓練されてあるべき学生が、その技能の習得に於て障害を受けているということが、何よりの学生生活の歪曲なのであって、この歪曲を矯正することはだから当然、知能という技能によって社会的特性を与えられている処のこの学生というもの
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