、この秩序そのものの無価値を一旦知って了っている以上、まことに希望のない予習期と云わざるを得ない。
 併しそれだけに又却って、学生は社会のリアリティーを本当に味わわなければならぬ時代に来たのだし、又それを味わうことの出来る時代に来るのだとさえ云っていい。学生は学生としての身の振り方を今までになく真剣な問題にせざるを得なくなる。その結果、今では学生とサラリーマンとの間の社会的意識の上での区別は殆んど無くなって、学生が安サラリーマン化すると共に、サラリーマン自身が又一部分従来の学生の持っていた文化的な役割を分担するようになって来たので、サラリーマン間のグループ活動など多少は意義を有つようになって来ているのだ。つまり之は学生が社会に於ける極めて地味な位置を占めるようになり、その点サラリーマンなどと大して変った意識を持てなくなったと共に、全体としてこの種の学生サラリーマン等の青年インテリが、地味な道を辿りながら、而も何かしら社会的にもわずかでも動かねばならぬという事情におかれるようになって来た、ということなのである。
 だから今日の学生は駄目になったと云われながらも、矢張り学生の優れた分子は文
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