らだ。
現代青年は、ほっておけば限りなく弱い社会的無能力者に堕ちて行く他ない。それから立ち直るには、闘いが必要だ。一見壮年者や老年者に対する闘いである。併しそれには、やや外部からの、指導と援助とが要る。その指導者援助者は、このごろ見かけるあの青年の指導者や教育者のことではない。無産大衆こそが、現代青年の指導者だ。
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15 学生論三題
一 学生は変ったか[#この行はゴシック体]
旧いことは論じないとして、今から七八年前には学生の社会的役割というものが非常に大きかったということを、今更私は考えざるを得ない。労働者農民の組織活動や啓蒙運動に於ける学生の役割、学生運動が持っていた社会的意義、それから学生が要求する文化的形象の社会的な圧力(と云うのは評論雑誌其の他に於ける思想傾向、プロレタリア文学の発達、等々が実は主として学生読者の要望に答えるためであったから)、こうしたものは学生をして社会の最も積極的な分子と見做させるに充分であったのだ。
学生というのは大体大学生を標準にして云うのだが、この学生は当時、単に学生であるだけでなくて、当時のインテリゲンチャの代表者であ
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