だったのだ。優れていないとは、一般の他の職業人、専門家に較べてである。無論他の者より劣っているとは云うことが出来ない。少なくとも一定の特徴から云えば優れているのだ。だがそういう風に優れているのは、作家という職業と専門とから云って当然な普通のことなので、それを以て作家が一般の他の人間より、教養が専門的に優れていると云うことは出来ない。文学はつまり人間の教養の問題なのだが、それを創作という専門的職業に結びつけている作家は、当然極めて高度の教養が要求されてよい筈なのだ。人間の専門家はなく、文学の専門ということは云えないように、教養の専門ということもいけないのだが、それにも拘らず、便宜上、教養の専門家であるべきものが、文学業専門家としての作家なのだと云ってもいいだろう。
日本では作家は文学者とも考えられていて、一種の学者のような響きを持っているが、勿論之はただの言葉の習慣であって、東洋的学問の特色の伝統にすぎない。と云うのは、つまり東洋特に日本では、文字を知っていることが学者であり、そして漢籍学者は詩文を能くしたものなのだ。漢籍の文献学[#「文献学」に傍点]者が事実官許の文学[#「文学」に傍
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