即ち生活資料は他の手段で獲得する文学者、もいないではないが、大体に於てそういう種類の文学者はエキスパートとしての特色を備えていることが少なく、従ってディレッタントに過ぎない場合の方が多い。専門家というものもその職業的訓練から離れて理解されるべきものではあるまい。
なる程職業的訓練は同時に職業的変質を意味する場合が極めて多い。今日のブルジョア社会に於ける職業的訓練なるものは、生活のノルマルな発育を歪曲することによってしか得られないだろう。特に文学者や文士の職業界は可なりにギルド的組織の形態が残っていて、ギルド的な成長をして来ているのだから、この職業人は甚だ屡々、職人気質を持っているのである。職業的眼界の狭さや、新しい世界への接触に対する反感、技術的自負心と外界に対する無知とから来る独りよがり、必要以上の友誼感と反目、甚だ世俗的な仁義、其の他数え立てれば数知れぬものがあろう。だがそれは否定的な反面ばかりに注目するからであって、職業の積極的な本来の面目は、とに角それによって実際に生活が営まれるということだ。資本制社会では資本主義的な意味に於ける職業しかなく、而もそういう資本主義的な秩序に於
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