ける職業に依るのでなければ、社会の生産機構に直接結びついた実際生活[#「実際生活」に傍点]が行なわれないのであり、つまり資本制秩序にぞくする職業に基づく生活以外に真の生活は大衆的にはあり得ないのだ(職業的変革家などの場合は別として)。――この職業というものの持っている生活上のリアリティーこそ、専門変革の社会的リアリティーを産むもので、この際、専門家であるか専門家でないかは、エキスパートであるかディレッタントであるか、ということに他ならないのである。玄人とは、一定職業の職業人であることによって、一定の専門家であるものを指すのだ。
 で専門家というのは、その専門領域に於て他の人間よりも秀でているもので、生活の根幹がその専門領域による職業を通じて発育するというメカニズムを持った場合の人間のことであり、その限り極めて積極的なものを意味するのだが、処が他方に於て、この同じ言葉が色々の消極的なニュアンスの下に慣用されるということも、見落してはならない。例えば未熟なアカデミシャンの三四の人間に接して見るがよい。学術・技術上のアカデミシャンでもいいし、文芸や芸術のアカデミシャンでもよい。特に露骨なのは
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