だ。
この個人主義による教養の観念が階級的に何を意味するかは察するに余りあるのだが、実際、この教養の観念が(ドイツ式)アカデミシャニズムの刻印を不抜なものとして持っていることをまず見逃してならぬ。ドイツ式の特にアカデミックな大学を卒業[#「卒業」に傍点]することが「ビルドゥングを得た」ということなのだ(尤もアカデミーの歴史的発生は十六七世紀で、之は封建的神学大学に対立する新興ブルジョアジーの学究的社交組織であったが、今日ではアカデミーの機能は全く大学の双肩の上に懸けられている)。大学に固有なアカデミー主義は今日、わが国などのブルジョア大学の最も著しい社会的特色をなすものであり、そこに超階級性を装うブルジョア・アカデミシャンの最後の安住の場所が設けられてある。こういう現代ブルジョア・アカデミー的カテゴリーの一つが、このビルドゥング的教養なのだ。――ブルジョア教育の最高形態としてのビルドゥング(但し現在の日本の大学では之さえ純粋ではないが)、という観念が教養と教育とを、又教養と知識とを、結びつけている。之は著しくブルジョア制的な学究的観念だ。
併しこういうビルドゥング的教養も亦前のディ
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