だろう。
 私は以上のような点から、現代日本に於て意味を有っている啓蒙について、さし当り二つの特色を抽き出すことが出来ると思う。その第一は、啓蒙というものが、国家機構に基いて社会的機能を与えられ、従って又社会的に公認された地位を占めているような、一切の意味での「教育」の類からは別なものであり、別であるだけでなく、後に見る理由を待たなくても、之と対立するものだろうと推定出来る、という特色である。いや問題は教育[#「教育」に傍点]でないとかあるとかいう点ではない。啓蒙が政治的変革の方向を有つという意味に於て、極めて政治的[#「政治的」に傍点]な意義を持っていなくてはならぬということが、その眼目である。之が一つ。
 夫と同時に第二の特色は、この政治的意義にも拘らず、啓蒙はその本来の性質からして(その性質の由来は後に説明しよう)、組織的宣伝などとは異って、或る限度の非政治的な機能を指すのであって、仮に之を純文化的[#「純文化的」に傍点]機能と呼ぶなら、この純文化的機能が啓蒙を他の文化的及び政治的機能から区別する処の特徴だ、と云うことが出来よう。勿論啓蒙は一つの社会的機能だし且つ本当は政治的機能
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