て家庭内労働服に至っては形をなすまい。
日本の女の服装は社会的労働服としてはまだ混沌として低迷期にあると云わねばならぬが、併し消費生活服として制定確立された洋服も、和服さえも、実は風俗として安定を保っているものではないことを注意したい。和服が近代消費生活に於ける活動の様式にとっても不合理であることは、誰しも眼にしている処だ。それは袖と腕、裾と脛に関して明らかなことだ。そこに見られる奥深い腕や隠見する脛は、実は、家から気まぐれになげ出され、家庭内労働から迷い出た処の、日本家庭主義の残滓の象徴である。之は社会的公服を欠いた日陰者のものだ。他方洋服の方は勤労社会からはみ出した過剰物としての、奢侈品としての、女の社会的特徴をよく云い表わしているのである。――私は日本の街頭で出会う女の服装を見て、殆んど絶望に近い性的過剰か性的陰影かを眼にするのだ。日本の風俗はまだ社会的労働の風俗から極端に遠いのである。日本婦人の和服の美を無責任にほめたり奨励したがったりする外国の馬鹿者を私はいつも苦々しく思うものだ。
ユニフォームに就いて[#「ユニフォームに就いて」に傍点]――以上は併し、日本の社会の或る
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