も不足しているので、今すぐ私はここで之を正確に評価は出来ない。――之と関係あるものとして情熱[#「情熱」に傍点]説ともいうべきものが、文学では相当通用している。その際の情熱ということは恐らく一種の趣味判断によるものらしく、ワクワクするのが情熱でジッとしているのが非情熱だと云われても仕方のないような、多少子供らしい観念だとも思うが、もしそれに意味があるとすれば、情熱もやはり、分析型に対する主張型の尊重ということを云い表わす言葉に他ならぬ、と云っていいだろう。
だが吾々は落ち着いて観察しなければならない。情熱に富んだヒロイックなそして恐らくロマンティックなスタイルの言論を見ると、そこに見られるアトモスフェヤは、何となく文学青年風のものではないだろうか。そこでは一種の弾み[#「弾み」に傍点]が物を云わせているだろう。詩や小説という文芸のジャンルに於いては、作家自身がその場で弾みながらでなしに而も読者に弾みある作品を提供することが出来るが、文学評論になるともうそう甘くは行かぬ。文章が弾む時は筆者と筆者の観念の方も亦弾みで動いている時だ。之はあぶなかしくて見てはいられないのであり、読者はヒロ
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