の壮年乃至老年に対する自然的特徴は、現代の社会的横車によって押し切られて了っているのだから、今日ではもはや、単なる青年を語ることも出来なければ、又単に青年を壮年其の他に対比することも出来ない。今日はそういう事情に立ち至っているのである。無論青年と壮年とは年の上では異った顔をして生活しているが、併しこの両者を比較することによって吾々は何を得るかと云うと、この両者が銘々担っている若い自分の時代、又は若かりし自分の時代、の特徴の対比を得るのは論外として、その他に、社会の全く相反した二つの姿の対比を得るのである。一つはどうにかやって行ける社会の姿で、一つはどうにもなりそうにないという社会の姿だ。前者が壮年ならば、後者が現代の青年なのである。
現代青年は青年らしさを失った、吾々の若い頃はもっと勢があった、青年は堕落した、という風に云いたがる人は非常に多い。青年よ、宜しく酒も飲み、リーベもせよ、コセコセした社会的関心などは振り捨てよ、と説く、老文学書生先生もいた。その社会的関心と云うのがマルクス主義経済学のことなのか、暮夜に先輩の門を敲くことなのか、こう云う場合には往々見境がつけられていないようだが、とに角青年はその自然の青年らしさを失っているから、そしてそれを失っているということに気付いてさえいないらしいから、之を教えてやろうという、親切な壮年や老年者は少なくないようだ。
併し之は全く妙な現象と云わねばならぬ。青年らしいのはその自然的に条件づけられた(否之も亦実は社会的条件なのではあるが、併しその社会そのものが自然に出来ている場合のことである)認識不足にあった筈だが、処が現代の青年は、その認識不足を失いかけたと云って、その認識不足を取り戻せと云って、説教されるのである。青年は青年らしくなくなった。即ち社会的認識が備わり過ぎた、と云って非難するらしいこの壮年者や老年者は、いまだに青年の夢を自分の内に許せると思っている認識不足の主だというようになるようだ。
なる程現代青年の社会認識の過剰らしいものは、社会科学的認識の過剰でもあるし又他方に於て就職戦術的認識の過剰でもある。二つは氷炭相容れないものだが、併しそのどちらかに態度を決定しなければならないというのが、現代青年の宿命なのである。壮年者以上の者はそんな態度の決定などを現在必要としないばかりでなく、自分の過去の青年時代にもそういう必要はなかった。でこの説教する壮老年者は実は現代の青年を殆んど全く理解していないのである。つまり時代はこれだけ進んで来ているのだ、それを身を以て知っているのが現代の青年だ。夫を理解出来ないのが現代の壮年以上の年齢の者だというわけである。それ故にこそ彼等はこの現代の青年を理解出来ない。――こう考えて見ると、現代に於ける青年と壮年との区別は年の区別でもジェネレーションや時代の区別でもなくて(何となれば両方とも現に同じこの時代に生きているではないか)、全く現代社会が有つ二つの社会側面、現代社会が示す社会の二つの姿、の区別だと云わざるを得ない。
普通、時代はその青春によって計られるようだ。と云うのは夫々の時代の精神は青年の心理を以て特徴づけられるようだ。だから現代を知るとは現代青年の心理を以てするのが、歴史的認識の常道であるように見えるかも知れぬ。だが実は今日では、之は現代の社会の一つの側面一つの姿をしめすだけなのである。現代は、壮年者の時代が段々と青年の時代の手に移りつつあるというように云って了っては、片づかないような時代である。時代自身が、現代の社会が、二つに割れているのだ。と云うのは、青年の生活条件と壮年以上の生活条件との距離が、普通ならば略々一定していて、或る時間が経てば息子は親爺の二代目になれるのを、現代では親爺は親爺として歩いて行き、息子は息子として歩いて行くので、息子は親爺の生活の梯を後から登って行くわけではないのであって、親爺が登って行く生活の梯を息子は却って降りて行くというような関係だ。両者の生活条件の間の距離は、段々と大きくなる。
でこの通り、壮年者以上と青年との区別は、年とかジェネレーションとか時代とかいう時間的な区別でなくて、一つの社会の空間的な二つの方向と云ったような区別になっている、と云うのである。――現代青年は単に次の時代の者や新しい時代の者ではない。そういう風に考えることは、壮年者以上をば消えて行く時代の者とか旧い時代の者とかに見立てることに他ならないが、夫は要するに壮年者以上の者が、青年との比較に於て、青年に対して相対的に譲歩をして行くということだろう。処が現代の壮年者以上は、青年に対して決して譲歩などはしない。彼等はあくまで踏み止まろうとする。なる程彼等は刻々老いて行く。だがそれにも構わず彼等は踏み止まる。青年とは彼等の後継ぎ
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