ではなくて、彼等とは独立に彼等に対立して来る一種の敵のようなものだ。
であるから現代の青年程、深刻に壮年者以上に対立しているものを見ない。現代青年は単に新しい時代、即ち既成の又は旧い時代に対立又矛盾さえする時代の児だというだけではない。彼等は、云わば永久的に社会の下積みなのである。彼等は概括的に云うと云わば永久的に貧困なのである。青年が壮年者以上と対立し又矛盾さえもするというだけの場合ならば、之までの社会変動では無論珍しいことではなかった。明治維新がそうだった。だが明治維新の青年は、云わば永久的に貧困であったか、永久的に下積みであったか。現にそうではなかったのを、吾々は吾々の父親達や祖父達に於て見るだろう。
それ故現代では、少なくとも現代の日本や日本に類する社会事情の国では、自然的な意味に於ける青年なるものは、無いと云ってもいいし、又あるとしてもそういう観念には当て嵌まらないと云った方がいいだろう。その意味で、もう今日では青年はいないのだ。多くの青年指導者や青年教訓者は、いない者に向かって道を説いている。現代は優れた教育者(例えば吉田松陰とか下っては杉浦重剛とか)がいないと云って、教育者は赤恥をかかされている。教育界に人なし、と云って、実業家で教育に関心を持っている人の内ではその人ありと知られた文部大臣平生釟三郎氏なども、吐き出すようにくさしている。官立大学の教授などは決して優れた人物でも優れた教育者でもないことは、今更学園争議大学の例を見るまでもあるまい。併し青年のいない処に、青年の優れた教育者などあり得よう筈はないのだ、いないのは良い教育者ではなくて、主人公である青年自身だったのだ。
普通の青年、自然的な青年、はいないようなものであるが、併しこのことは却って、一種独特な、壮年になる準備や見習としてではなく、独立な、或る年の若い人間達がいるということに他ならなかった。之をして青年と云うなら、それこそ現代青年[#「現代青年」に傍点]というものだろう。――現代青年が、普通の自然的な意味に於ける之までの青年と、根本的に異る特色は、夫が云わば永久的に貧困で又云わば永久的に下積みである、という点にあった。之は丁度、現代の大衆、無産大衆のような[#「無産大衆のような」に傍点]ものに、他ならない。現代青年というのは無論初めからそういう階級を云い表わす範疇ではないから、之が無産大衆だと云い切ることは、勿論意味がない。だが現代青年と無産大衆とを離して理解することは、事実難いのだ。
例えば現代青年の一つの代表的な種族である学生を取って見よう。学生はインテリゲンチャなどと混同され易いが、無論それは乱暴なことだ。学生という範疇は一つの自分乃至職業を云い表わすものだ(図書館へ行けばカードの職業欄には学生と書くのだ)。だから本格的な学生は(夜学生や職業学校生は別だ)たとい芸人学校や職人学校(音楽学校や高等工芸学校など)でも、学生業以外の職業を許されていない。処が誰もインテリなる範疇をそういう身分だとも職業だとも考えていないだろう。それ程学生は一つの社会自身を意味するのだが、それにも拘らず、之は決して充分な意味で階級ではない。処が無産大衆なるものは、或る階級性を云い表わすことによって略々一つの階級を云い表わす処の言葉である。――でこうして学生と無産大衆とは、範疇的に別なシステムにぞくしていると云わねばならぬが、それにも拘らず、二つは何か直接な関係があると見られているのを、見落してはならない。
学生の学生運動は、無産大衆の労働運動とは、範疇的に別なシステムにぞくする運動だが、併し事実、二つはほぼ同じ気脈に於て行なわれる。事は単に学生が大体インテリであって知能が自由であるために、労働運動に理解があるとか同情が持てるとかいうだけでは説明されないことで、学生自身が自分の運動を労働運動になぞらえ[#「なぞらえ」に傍点]ているという点を忘れてはなるまい。彼等この現代青年の一種族は、無産大衆と何か同様な社会的状態に置かれているのである。大学生其の他は決してそう札つきの無産者の家庭の者ではない。世が世なら官吏にでも政治家にでもなれる処だ。それが自分を無産大衆みたいになぞらえ[#「なぞらえ」に傍点]なければならぬ。――ここに現代学生の、即ち一般には現代青年の、特別な固有な意義が見て取れるだろう。
彼等現代学生のこういう自己意識が併し、決して感傷や無知や思い間違いから来ていないことは、社会が彼等を実際にどう待遇しているかを見れば判る。警察は彼等を労働者と殆んど全く同様に、労働者になぞらえて、待遇する。彼らはこの支配社会からそういう仕方で抑圧されているのである。カフェー・ダンスホール・其の他の禁圧も、この学生をねらって試みられる(学校は学校で方々で昭和ザンギリ令を
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