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 14 現代青年の問題

 子供は現実主義者である、壮年は自我主義者である、その中間に位置する青年は、之に反して理想主義者である、と云ったヨーロッパの思想家がいる。人間というものを、社会の歴史的時代の特色から引き離し、社会の階級的構成から脱臼させて、古来今日に至るまでの共通な性質の粉末を寄せ集めれば、青年は大体理想主義者だと云っていいのかも知れない。
 併し青年が理想主義者であるのは、必ずしも理想を構想する客観的な現実の条件が彼等にだけ与えられているということではない。もしこの社会のどこかに、そして何かの時期に、そうした理想を構想出来るように客観的な現実の条件があったとすれば、独り青年に限らぬ、壮年も少年も、老人さえもが、劣らず理想主義者となれるだろう。だが尤も、こういう客観的な現実の理想によって鼓舞されることばかりを、世間では理想主義と呼んでいるのではない。理想さえ追求すれば夫が理想主義だというわけのものではない。現実性のある理想を追求して生き得る人間を、現代では寧ろ唯物論者と呼んでいる。社会建設の理想を以って生活している人類は、ソヴェート・ロシアに於てのように、唯物論者なのだ。
 でこの思想家が、抽象的にも、青年一般なるものを理想主義者だと考える時、之は云うまでもなく単に、青年が社会に対して認識不足であるということを意味しているに過ぎない。そういう青年的理想主義の理想とは、単なる空想か無条件な願望なのであって、之は大体春季発動期と関係のあるフロイト的現象なのだ。青年女子の婦人雑誌的な結婚の夢や、或る種の文学青年の情熱や、又今では比較的目立たなくなったが田舎青年の立身出世癖などが、之だろう。この社会的認識の欠乏は壮年や老人ならば却って、反対にチャッカリした悪く常識的な思想と生活とを産むものなのだが(今日では一定の認識不足なしには社会生活は甘く行かぬ)、それが青年の場合だと、無条件的な野心や冒険欲となって現われるというだけだ。
 之は一応本当なのだから、吾々は之を善いとか悪いとか云うことは出来ないだろう。生活認識の欠乏、生活意識の軽躁さは、無論決して好いことではないだろうが、併しそのおかげで青年が自分の人間の内に眠っている色々の可能性・能力・素質を、偶々発見する機会が少なくないとしたら、之を単純に不健全な認識欠乏とばかりは云うことが出来まい。野心や冒険を惹き起こす目的因とでも云うべきこの青年的理想は、この意味では却って一種の「理性の狡知」であり、摂理の「見えざる手」だとも云えるだろう。この理想や理想主義は決して堅実なものではなくて薄弱なものであり、その意味ではこの理想家的青年期は堅実でなく薄弱なものだが、併し夫をすぐさま病的に薄弱なことや不健康な不堅実さである、と云うことは出来ない。青年は肉体的発達期にある。それを貫く生命の特色は寧ろ健康ということだからだ。
 青年なるものは一般的にそうなのだが、処が時代々々によって異る青年の社会的生活条件は、折角のこの一般的特色を、一たまりもなく吹き飛ばして了うことも出来るのである。――青年は認識不足なものだ、若い者は誤ちが多い、と云われる。それは一般的にそうだ。だが一体今日の壮年は認識不足でないのだろうか。そして今日の老年はどうか。なる程今日壮年や老年の多くは相当うまくその社会生活をやっている。今日の青年は壮年になった処で到底ああはやれまいと思われる位いだ。この資本主義社会は矛盾に満ち、貧困と失業との波に洗われているとも云う、世渡りはムツかしいとも彼等は云っている。そのくせ彼等はとにも角にも相当うまく泳いで行っているのである。私達位いの年の者はほぼ壮年の初期と云えるのかも知れぬが、私達の友人はもうすでに少なくとも府県の部長級に進んでいる。そうした連中は決して世間に対して認識不足どころではないのである。だがそれにも拘らず、或る金持ちのルンペン(?)勉強家の友人によると、この連中は会う度に馬鹿になりつつあるということだ。その意味は、彼等が経験を豊富にして行けば行く程、何か一種の社会的認識を失って行く、というのである。
 青年は空想家で理想主義者・理想家だと云う。併し今日の日本の青年は壮年や、老年に較べてさえ、決して空想家でもなく理想家でもない。年々加重する失業と貧困とは、後のジェネレーション程之を余計に嘗めねばならぬように、この数年来方向が決っている。今日の青年は以前の即ち今日の壮年に較べて、その空想や理想という、自然的な欠点か特権かを振り回すだけの余地を、極度に速かに失いつつあるのである。云わば、この空想のための社会的条件や理想の社会的可能性の年々の悪化の量が、青年から壮年になることによって失う空想や理想の自然的素質の量を追い越して了っているように見える。
 でこういう具合に、青年
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