らだ。
 一般に教養人や文化人は、従来、諧謔を理解すると考えられている。この点恐らく新しい型に於ける教養についても或る程度まで変るまい。と云うのは、高い豊富な関心の体系から見て、話題になっている対象が比較的小さなサットルな関心にしか値いしないので、諧謔が可能になるのである。だが要するに原因は関心のシステム如何にあるのであって、このシステムから云って重大なものに対しては、勿論大真面目になることが教養の命じる処でなくてはならぬ。だから、教養のある者は要点々々に於て真面目であり、之に反して、重大な力点を置いて然るべき処で真面目になれない人間は、教養のない人間なのである。一体色々な意味に於ける馬鹿[#「馬鹿」に傍点]は、大体不真面目なものだが、「馬鹿」という規定と教養の欠如とは深い関係があるだろう。学殖ある無知[#「無知」に傍点]というものがある。
 一つ特殊な例を選ぼう。世間で使っている言葉を自分の言葉として使う場合、その言葉をどういう深度と広範度とに於て使うかを見れば、その人間の教養の一端が判る。無論一般世間では単に便宜と習慣からして、どの通俗語に就いてもあまり教養のある使い方はしていない。だがこういう通俗語を如何なる程度に洗練して使えるかということが、教養の程度を示す一端となるというのである。「人格」・「貞操」・其の他其の他の類の道徳的通用語は、教養のある使い方とない使い方では、雪と炭との差を生むだろう。「ファッショ」・「独裁政治」・其の他其の他の政治的通用語も亦そうだ。後の方の場合には、社会科学的な知識の有無が人の政治的教養の有無と深い関係を持っているのであるが。――通俗語を洗練し生かして力のある言葉にまで仕上げるのは、多分詩人や思想家や評論家の仕事だろう。そういう意味に於て詩人や思想家や評論家にとって、教養は宿命的な意義を有っているだろう。
 だが例は言葉に限らないのである。言葉の問題は実に観念[#「観念」に傍点]の問題のことだったのだ。通俗的観念を如何に批判し、之を如何に生きた力ある観念にまで仕立て直すかということが、作家や哲学者の教養に懸っている。所謂作家の教養なるものも、その一端がここに現われるわけだ。――でつまりこの種の場合の例で判るように、教養は常識[#「常識」に傍点]と何か直接な連絡があるのである。

 では愈々、教養というものの実質は何かということになる。だが教養を量るバロメーター自身を離れて、教養の実質を実際的な問題とすることは出来ないかも知れぬ。教養は関心のシステム如何によって打診出来ると云った。処が実際、意欲のシステムがチャンと出来上って育ちつつあることが、取りも直さず教養というもの自身かも知れない。そうすればこれは性格の発育[#「性格の発育」に傍点]ということと極めて近いものを持っている。発育[#「発育」に傍点]するメカニズムを持っている性格は教養の可能性を有っているのである。教育とは何を教育するのかと云うと、性格を教養する(ビルデン)ものとも云われているだろう。性格を有たない人間はいないように教養の無い人間はない筈だが、それにも拘らず性格の発育する人間としない人間とがある(「この児は性格があるよ」と女中がストリンドベリを批評した――「女中の子」)。それと同じに、教養の有る無しが考えられ得るのだ。優れた思想とか豊富な思想とかいうものも結局そういうシステムの教養に関すると云っていいようだ。
 一を聞いて十を知るということは単に素質のよさを意味するには限らないので、教養に於ける関心・意欲・思想・の体系の働きだと考えてもいい。眼光紙背に徹するのも判りの良さも、共感の大きな能力も、理知的な自信も、皆ここから来る。文化上の本物とインチキとの見分けもこのシステムという生きた尺度から事実出て来る。システムのない者は性格がないものだから、人の真似でもしない限り、この見分けはつかない。――で良い感覚=良識という意味に於ける常識[#「常識」に傍点]は、教養の一つの内容だと云っていいだろう。之は所謂通俗常識を否定して而もその常識の壇に立ち帰ることによって、通俗常識を良識へ高めるものだ。民衆の意識を高め得るものが之だ。吾々は文化的理解についても見識[#「見識」に傍点]とか識見[#「識見」に傍点]とか、優れた見解とか卓越した意見とか云っている。教養の実質はこの辺りに横たわるだろう。
 今この教養を便宜上一つの心理的能力と考えると、感覚の良さ[#「感覚の良さ」に傍点]というものになる。感覚は意欲の体系の夫々の断層だ。吾々は断層を見て或る程度まで教養という地殻を推定することが出来る。感覚はただの生れつきの素質とは考えられない、正に教養される[#「教養される」に傍点]ものだ。それには知識[#「知識」に傍点]の基本的な訓練[#「基本的な
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