興味は大体伝習的に教育されているものであって、関心や興味にはいつも宗派的なエチケットがあるものだ。之が往々職業的に決っている場合さえある。このエチケットを無視して関心を拡大するには特別な自信を必要とする。この自信は関心の自然な生きた動きと之に対する忠実な信頼とに基くものだ。例えば日本の文学者の多くは、あまり社会的政治的経済的事象に興味を持たない。偶々持っていてもその興味を忠実に文学的な自信を以て、自分から信頼することが出来ぬらしい。関心は文壇の花園に局限される。ここに作家の教養という問題が若いジェネレーションから起きる原因が横たわる。
関心興味の範囲が狭小だということは、同時に関心興味の偏頗であることをも意味する。当然関心を持つべきものに対して全く無関心であるということは、とに角人間として重大な欠陥でなくてはなるまい。尤も当然関心を持つべきだ、とか何とかは、どこで決まるのかと問われるかも知れないが、夫が取りも直さず教養という一つの規範から決って来るのだ。――一体なぜ関心上の不感症が生れて来るか。それは関心の体系[#「体系」に傍点]が貧弱であるか歪んでいるか、それとも全くシステムの態をなしていないか、だからだ。その結果、関心が偏ったり関心閾とも云うべきものが発達しないで狭小だったりすると共に、他方に於ては逆に、関心が無原則に散逸して観念狂奔症の類にさえ近づくことも生じて来るのである。何に、どこに、関心を持つかは教養の徴候だ。子供や未開人がつまらぬ物を珍しがったり驚いたり喜んだりするのには、それ相当の関心のシステムの生長が想定されているのであって、そこに未熟なものの持つ一つの完成とでも云うべきものが見出され、とに角何か優れた真実があるのであり、子供らしく優れた性格というものもあるのだが(本当の児童文学はこれがなければ出来る筈がない)、併し大人がくだらぬ[#「くだらぬ」に傍点]ものを面白がるのは、何と云っても醜いものだ。
この醜さは関心のシステムがなっていない[#「なっていない」に傍点]ことを表現しているわけで、教養の欠如は正に之によって測定出来るというような次第だ。だが、くだらぬ[#「くだらぬ」に傍点]ものへの関心と、新しい関心対象として価値あるものの発見[#「発見」に傍点]との間には、ごく似た現象が見られることを注意しよう。新しいものの発見は、大抵の場合、くだらぬものへの関心という廉で、教養の欠乏であるかのように軽蔑されるものだ。発見は初の内はなくてもがなの好事や堕落とさえ云われるものだ。だが新しいものを発見し得ない人間は、決して自分の内の関心の発展的なシステムを持っていない人間だろう。もしこの人間が関心の組織的発展力を持っているなら、当然現われるに相違ない健全な連想力[#「健全な連想力」に傍点]によって、関心と関心との間の関係が追求されるに相違ないから、関心体系の振幅は自然と肥りながら拡大して行く筈だ。そうすれば未知のものに就いても、夫々の体系に相応しい見当づけ[#「見当づけ」に傍点]が行なわれるに相違ないのである。この見当づけの探照燈の下に照らし出された新しいものは、新しい関心対象に値いするものとして、初めて発見[#「発見」に傍点]されることになるわけだ。情意上の見当づけ・見透し・(予見・先見)というものが、新しい意欲を動機するのである。夫が新鮮な関心・興味というものだ。
だからつまり、教養のあるなしやその程度は、持たれる関心の徴候によって、物の着眼点のありかによって診断出来そうだと私は考える。之は問題の取り上げ方や取り扱い方一つにも明らかなことだ。関心の質的特色は教養のバロメーターとなるだろう。たとえ教養の実質そのものが何であるかはまだ判らぬとしても、このバロメーターは実際的な利用価値を有っているだろうと思う。
仮に今ここに、Aという男に取って関心の強い事柄で、他の男Bにとっては正直に云って一向関心の対象にならぬものがあるとする。而もこのAの方がBよりも知識も豊富で時代の動きも理解しているということを、このB自身が知っていたとする。その時にBなる男はこの事物に就いて、ごま化し笑いをするのが普通だ。この男はこの対象に就いて真面目[#「真面目」に傍点]になれない。処がAの方は本当に真面目なのだ。このBの方は関心を持たねばならぬらしいということに気づいているのだが、さて実際を云うと自分ではどこが面白いのか判らない。そこで彼は不真面目[#「不真面目」に傍点]という態度を最短距離にある行為として択ぶ。明らかに彼はここで教養の欠乏を表現している。――インテリマダムの前で社会の情勢でも論じて見給え、彼女は必ず気の利いたと思うような冗談口で、話をそらして了うだろう。話を茶化して構わない程度にインディフェレントなものだと考えているか
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