会秩序の一つの環は意味するが、生産勤労の様式を示す職業ではない。処が職業こそは社会秩序の最も公的な指徴だろう。職業とユニフォームとは、だから極めて密接な関係がある。丁稚番頭の角帯や大工棟梁の法被、芸者の左褄やヨイトマケの脚袢など、人工的ではなしにおのずから決った職業ユニフォームのようなものだ。併し学生の制服は兎に角上から制定されたものだ。職業ユニフォームで上から制定されたものは、第一に軍人であり、又之に準じる(職業ではないが)青年団・ボーイスカウト等であり、第二に警官・司法官・其の他の類であり、第三に或る種の工場労働者・運輸労働者・看護婦の類である。いずれも軍隊的組織を必要とする職業に特有であることを見ねばならぬ。このミリタルなシステムは指揮する側からも指揮される側からも必要なのであって、事実軍隊的組織はこの両側面があって初めて組織となることが出来る。職業的ユニフォームは、ミリタリー・システムによって指揮したり指揮させたりする場合に、欠くことの出来ぬ服装である。――処が更に、職業でなくて単に臨時の共通な任務にすぎぬ場合でも、それがミリタリー・システムを必要とする場合にはユニフォーム制度となるのである。
 逆にユニフォームが強調される処には必ず何等かのミリタリー・システムが社会的に要求されているのであって、世界各国のファシスト党員のユニフォームは、近代風俗上特筆大書すべき現象と云わねばならぬ。黒・褐色・グリーン・其の他の色彩の統一は、看護婦の白衣などとは異って、政治的意味を有っているわけだがこの統一はファシストの軍隊的組織の上から自然と要求された処のものだ。フランスの人民戦線政府はだからファシストの軍事組織を解体する意味で、ユニフォームの着用を禁止しようと企てた。
 日本の警察当局は、最近特に勤労大衆にユニフォームを着せることに熱心であるようだ。職工及び女工の制服(「労働服」)の普及奨励から始めて、円タクの運転手から女給、ダンサーに至るまで、制服を着せようという案さえあったと記憶する。云うまでもなく之は、彼等に軍事的な力を与えようというためではなくて、彼等を軍隊的に指揮し得るためなのだが。
 だがユニフォームの特有な魅力というものを見落すと、ユニフォームの本当の社会的役割を理解するに困難だろう。ユニフォームは誰にしろ夫を着る人間を、社会の一定秩序の内のレッキとした位置に据えるように感じさせるものだ。之はルンペンから区別して自分をシャンとさせるにはこの上ない魔法の衣だ。ユニフォーム・システムは而も、そのハイヤアルキーにも拘らず、他面に於て平等主義を有っている。馬鹿でも利巧でも二等兵なら二等兵だ。その間に人間的な比較などの必要もないから、そういう心配もない。上官は部下よりも絶対無条件に上位にあるのだから之を比較して見る必要も配慮もいらない。こうしてユニフォームはその着用者に分に安んじることと、自分自身を階級に応じて尊敬することとを、齎す。彼と俺と芸術家としてどっちが優れているだろうかなどと云って、悲観したり空元気を出したりする必要は毛頭ないわけだ。
 特にユニフォームが国家的支持を受けた職業や任務を云い表わす時、その魅力は、小市民以下の凡庸な層にとっては絶大である。彼等は一挙にして政治的権力をその皮膚に感じる。「マンハイム教授」という劇で見ると、今まで博士の助手であった男が、急にナチの制服を着用に及んで現われる。見ていると何かの英雄とも考えられて来る。これがユニフォームの最後の魅力である。ユニフォームのこの政治的魅力は今日各国で、多数の小市民青年達を、ファシスト団へと吸収している動力の一つだとさえ云っていいかも知れない。制服は制服が象徴する階級の利害を、それまで何でもなかった一介の着用者の皮膚に、ゾクゾクと感じさせるものだ。彼等は興奮する。彼等は凡ゆることをなし能う。彼等はデマゴギーの溜池となる。
 だがユニフォームには又別に一つの秘密があることを忘れてはならぬ。余りに見すぼらしいユニフォームは着用者の道徳的自信を損う。他の民衆からの畏敬を損ずることも勿論だ。だから例えば警察官の修養向上のためにも民衆支配力の増大のためにも、警官の制服を或る程度まで立派にすることが必要だ(最近日本ではそうなった)。処がユニフォームは又あまり立派過ぎてはいけないのである。飛び切りに立派では之を支配する人間のユニフォームの方が成立しなくなるだろうし、又あまり分に過ぎた制服は彼等の社会的野心を不当に煽動するだろう。大衆的ユニフォームは、或る程度に醜く造られねばならぬ。丁度資本主義社会に於ては適度の貧困が常に必要なように。

 礼服と裸体に就いて[#「礼服と裸体に就いて」に傍点]――「裸体文化」(ナックテ・クルトゥア)には原始還元主義が勝っているように思う。
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