て家庭内労働服に至っては形をなすまい。
日本の女の服装は社会的労働服としてはまだ混沌として低迷期にあると云わねばならぬが、併し消費生活服として制定確立された洋服も、和服さえも、実は風俗として安定を保っているものではないことを注意したい。和服が近代消費生活に於ける活動の様式にとっても不合理であることは、誰しも眼にしている処だ。それは袖と腕、裾と脛に関して明らかなことだ。そこに見られる奥深い腕や隠見する脛は、実は、家から気まぐれになげ出され、家庭内労働から迷い出た処の、日本家庭主義の残滓の象徴である。之は社会的公服を欠いた日陰者のものだ。他方洋服の方は勤労社会からはみ出した過剰物としての、奢侈品としての、女の社会的特徴をよく云い表わしているのである。――私は日本の街頭で出会う女の服装を見て、殆んど絶望に近い性的過剰か性的陰影かを眼にするのだ。日本の風俗はまだ社会的労働の風俗から極端に遠いのである。日本婦人の和服の美を無責任にほめたり奨励したがったりする外国の馬鹿者を私はいつも苦々しく思うものだ。
ユニフォームに就いて[#「ユニフォームに就いて」に傍点]――以上は併し、日本の社会の或る層だけに就いての話しで、勿論民衆の全部に就いてではない。衣服の上から云うと、ユニフォーム層とも云うべきものが存在するのである。云うまでもなく、背広にしても婦人の和服にしても、原理は固定していて、誰でも似たりよったりの物を着ているから、結局ユニフォームみたいなものではあるが、併しこの種の服装は自然と一定の社会層なり社会階級なりを示しているにも拘らず、着用者をば一定の群にぞくするものとして特に他の群から区別するという意味は持っていない。背広を着ている以上職人でも丁稚でもないことは明らかだが、併し別に自分はサラリーマンであって官吏ではないとか、自分は会社員であって銀行員ではないとかいうことは示していない。そこがユニフォームと異る処だ。
私の知っている或る高等学校の先生が、アメリカに遊学した際、洋行に先立って記念に生徒と一緒に撮った写真を、アメリカの学生に見せた処、あなたの学校は士官学校ですか、と聞かれたそうである。学生がユニフォームを着るということは、アメリカあたりでは不思議なことであるらしい。「制服の処女」という映画の題は、題だけで或る陰惨な印象を与える筈なのだろうが、吾々日本人には一向ピンとは来ないし、映画の内の娘たちの制服姿を見ても、別段残酷な感じもしない。それ程、学生の制服は常識となっている。
之は日本に於ける教育制度の単元的な画一という処から来るわけだが、それというのも近代日本に於ける被教育者の社会的位置が国家機構の上でチャンと決定されているからで、日本の資本主義の伸び伸びした発育期には、被教育者即ち学生生徒なるものは、ブルジョア社会の上級下級の公認の幹部候補生であったし、資本主義の停滞期以後は、彼等の大部分が生涯大してウダツの上らないような一つの社会層の予備軍になったわけで、いずれにしても社会的位置が支配者によって官僚的にチャンと指定されたものなのである。ここに日本に於ける教育の普及(?)ということの根拠もあったわけだが、同時に之が学生に夫々のユニフォームを着せるという教育上のミリタリズムをも産んだわけだ。
ユニフォームは事実上、家庭から云っても経済的だし、学生当人から云っても便利なことが多い。併しそれというのも却って、学生がユニフォームによって一人前の大人である社会人から区別されて、善かれ悪しかれ特別待遇を受けているからである。だから学生が将来の社会にとって必要らしく見えた時は、彼等はこのユニフォームで相当得をしたが、一旦学生というものが、就職難や思想運動関係で社会の荷厄介となるや、彼等はこのユニフォームのおかげで社会から散々虐待される。その時は同時にユニフォームの道徳が学生に愈々絶対的な力で以て押しつけられる時期で、方々の学校に於ける断髪令の発布もこのユニフォーム主義の延長なのだ。
頭髪を勝手な仕方で伸ばす(自由職業人は最も勝手な仕方で伸ばしている)ことは、勝手な服装をすると全く同じに、学生に不当な社会的自由を許すことを象徴する。この象徴を抑えることはやがて学生の本分を思い出す呪縛となるだろう、というわけだ。例は変だが、アメリカの囚人は仲々良い生活を送っているそうだが、ただ良くないのはかのグリグリ頭と妙な被服だということである。之によって囚人の社会的野心を抑えるに事足りるものらしい――つまりユニフォームは人間の階級性・社会秩序を最も露骨に意識的に云い表わすためのもので、学生のユニフォーム着用の事実から、日本に於ける学生層なるものの、階級的(?)意義を推論することも出来るのである。
併し学生というものは職業の名ではない。それは社
前へ
次へ
全113ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング