も不足しているので、今すぐ私はここで之を正確に評価は出来ない。――之と関係あるものとして情熱[#「情熱」に傍点]説ともいうべきものが、文学では相当通用している。その際の情熱ということは恐らく一種の趣味判断によるものらしく、ワクワクするのが情熱でジッとしているのが非情熱だと云われても仕方のないような、多少子供らしい観念だとも思うが、もしそれに意味があるとすれば、情熱もやはり、分析型に対する主張型の尊重ということを云い表わす言葉に他ならぬ、と云っていいだろう。
だが吾々は落ち着いて観察しなければならない。情熱に富んだヒロイックなそして恐らくロマンティックなスタイルの言論を見ると、そこに見られるアトモスフェヤは、何となく文学青年風のものではないだろうか。そこでは一種の弾み[#「弾み」に傍点]が物を云わせているだろう。詩や小説という文芸のジャンルに於いては、作家自身がその場で弾みながらでなしに而も読者に弾みある作品を提供することが出来るが、文学評論になるともうそう甘くは行かぬ。文章が弾む時は筆者と筆者の観念の方も亦弾みで動いている時だ。之はあぶなかしくて見てはいられないのであり、読者はヒロイックな情熱の代りに却って白々しい不安をさえ感じるだろう。論文になればこの点愈々そうなのだ。――もしこういうものが主張[#「主張」に傍点]の論文のスタイルであるなら、吾々は用心しなければならぬ。分析型の代りとして現われて来た主張型が、もしそういうものであるなら、吾々は唯物論的意欲の代りに現われた限りのロマンティシズムやヒューマニズムに用心しなければならぬと同じに、用心することが必要となる。
私は評論としては常に主張型のスタイルを採るべきだと考える。だが主張型は分析型が単純に置きかえられたものであってはならないのだ。なる程問題はスタイルなのだから、思考の上では充分分析に基きながら而も文章の上では分析の操作が現われずに、その結論のような主張だけが現われるということは、可能だし、又それこそ当然な評論的論文のスタイルの約束でなければならぬのだが、併し所謂主張型なるものは、多かれ少なかれ、思考上に於ても分析を軽んじた結果であるらしいのが、多くの場合の事実なのだ。
こうなると主張型のスタイルは、理論的な範疇操作とは独立に、そういうものを時々無視さえして、初めて成立つということになるのであって、その際主張の弾みとなるものは、単に文学的な表象(科学的なカテゴリーとは独立な亦は之に対立さえした)のイメージ相互の連絡であるか、それとも常識的なレディメードな観念(之ほど非文学的なものはない)の常識的な連想であるか、ひどい時になると常識用語の習慣的な継起(之ほど非詩的な連想はあるまい)であるかだ。之はもうスタイルではなくて、美文の類だ。スタイルは思考が要求する文章の姿態のことだから。――私はこうしたカラクリを前から「文学主義」と呼ぶことにしている。
この文学主義に立つ主張型が、情熱的に見えるということは、尤もなことだが、地を焼くことが出来ぬ情熱が天を焦すことなど出来る筈がないのだ。情熱が主張の塗料となる時、もはや情熱ではなくて軽卒でしかない。――真の情熱は結局決意と同じに、云わば分析の結論[#「分析の結論」に傍点]の上で初めて発情する。「分析の結論」は決してまだ情熱ではないが、情熱を産まないような分析の結論は、「結論」のない分析であり、ペダントリーや弁解やに於て見られるような匍匐的リアリズムに過ぎないのだ。事実従来の論文には、そういう「分析」が少なくなかったのである。
極端な場合を云えば、分析に基かない情熱的主張は、客観的に見てファッショ・デマゴギーの温床でさえあるのだ。分析=論証のない情熱は、そういう一般的情熱、一般的な主張衝動は、創造的な想像力と妄想とを区別することを知らない。無条件な主張衝動が信頼出来そうに思われている場合も、実はその根柢に分析の結論[#「分析の結論」に傍点]が想定されていることが約束されている場合だからであって、如何に陶酔してもこの約束だけは忘れてはならぬ。
私は学術論文の類を分析型であるべきものと考える。之に反して評論雑誌に於ける所謂「論文」を、即ち主張型になることを今日要求されている処の当のものを、分析型に対して評論型[#「評論型」に傍点]と呼びたいと思う。評論型のスタイルとは、分析型の分析に基いて初めて主張型に登りつめたスタイルだ。之が評論[#「評論」に傍点]というもの一般の落ちつくべきスタイルであり、そして所謂総合雑誌を代表するスタイルとなるべきだろうと思う。之は理論であることによってある処の思想のスタイルである。総合雑誌・評論雑誌を、私はこういう理由から正当には思想雑誌[#「思想雑誌」に傍点]と呼ぶことが出来ると思うものだ。
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