深い対立に由来しているらしく、他の色々な対立に関係あるのだが、少なくとも思想家にも理論家にも夫々この二つのタイプの区別は見出される。思想家は主として主張家タイプ、理論家は主として分析家タイプ、と云っても間違いないようにも見えるが、夫は概括的な而も表面だけの事実に過ぎないので、最も優れた理論家であるマルクスは同時に最も優れた主張家型であり、そして彼は亦、最も優れた思想家であると共に最も優れた分析家型であった。ただこの際、主張家型の主張ということと、分析家型の分析ということとを、普通よりも掘り下げて考える必要に逼られるということに他ならないのだ。そこが私の主張の要点になるが、しばらくこの二つのタイプの事実上の対立の諸相を見て見よう。
所謂総合雑誌に於ける「論文」乃至「巻頭論文」を採って見よう。実は総合雑誌という名前があまり意味のあるものではなくて、本質から判断して命名すれば評論雑誌乃至思想雑誌と呼ばれる方が正当だと思うが、この点前にも述べた。とに角総合雑誌の面目を示すものは論文であり、夫が巻頭論文を典型としている。処がこの論文なるものは、之までのジャーナリズムの習慣から見ると、多くは分析型のものだった、ということを改めて注意しなければならぬのである。或いは寧ろ極端に分析型であったと云った方がよいかも知れないので、分析型が過大視され誇張されすぎた結果は、論文と云えば評論雑誌[#「評論雑誌」に傍点]であるに拘らず学術[#「学術」に傍点]論文のようなスタイル(寧ろジャンルか?)のものが多かったのである。この点が、評論雑誌の所謂「巻頭論文」をつまらぬ[#「つまらぬ」に傍点]とか面白くないとか、無意味だとか無用だとか、と呼ばせた点であった。
処が最近になって、評論雑誌が色々の側面から云って飽和状態に這入ったということが、出版業者や編集者の意識を刺戟し始めた。夫は一部分編集上のマンネリズムとして意識され始めた。そこで編集の新しい方針が模索されざるを得なくなった。その時まず第一に眼をつけられるのは、論文のこの分析型なのである。そこでいくつかの評論雑誌の編集者は巻頭論文を分析型から主張型へ換えようという気になって来たのである。『日本評論』などは大体そういう方針が全面に作用した雑誌であるし、例えば『中央公論』(一九三六年一〇月)の岡氏の文章「青年に寄す」などがその類かも知れない。――確かに読者も分析型のものの代りに主張型のものを求めているらしい。夫は必ずしも分析型に飽きあきしたからだとは云えないが、少なくとも主張型の方が新しく従って新鮮だからだ。と共に、読者というものは気が短かくて要するに結論[#「結論」に傍点]というものを早く簡単に読みたいということもあるので、処がこの結論というようなものは分析型の分析の結論のことではなくて、実は文章に於ける第一テーゼのことに他ならないから、結局之は主張型の主張[#「主張」に傍点]のことになる。
単に従来の読者がその一般的な生来の習性や、又特殊の之までの慣性から、主張型に漠然として期待を有つだけではない。読者を所謂読者の資格から見ずに一般民衆の要望の代表者として見ると、今日の日本の民衆は、必ずしも強烈ではないが併し甚だしく瀰漫した社会不満を有っているのである。社会不安[#「不安」に傍点]というものにはつきないので、社会不満[#「不満」に傍点]なのだ。不満であっても決して積極的なものではないのだが、併し不安というものと同様に消極的なものではない。日本の今日の大衆は不満に充ちている。之が今日主張型の言論を要望させる一等根本的な要因ではないだろうか。
この要因は処で、色々なものに連関している。文学の思想性という問題の一つの意味は、作品の分析[#「分析」に傍点]的な真実の代りに作品による思想の主張[#「主張」に傍点]を尊重せねばならぬということであったと思う。文学の思想性は一面に於ては文学の社会的認識・社会的分析[#「分析」に傍点]の重大性ということにも帰着するが、他方に於て思想の主張[#「主張」に傍点]という指導的な積極性に帰着するのである。だからこの問題は一方に於て文学のリアリズム(乃至広範に理解された社会主義的リアリズム)の強調に帰着すると共に、他方一種のヒロイズム(同じく広範に理解された革命的ヒロイズム)の強調に帰着する。そしてこの際、一見、リアリズムの方は分析型に、ヒロイズムの方は主張型に、相応するわけである。
ロマンティシズム・ヒューマニズム・等々もこの角度から見る限りは、分析型に対する主張型の強調ということに帰着するので、勿論積極的な意義のあることだ。併し所謂「ロマンティシズム」(リアリズムに対立する処の)も「ヒューマニズム」も、私には十分納得の行かないものがあるので、つまり分析にも主張の説得力に
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