ゴシック体]

 総合雑誌にのる文章が凡て思想的評論の資格を要求されて然るべきだと云ったが、その内でも、思想的評論プロパーとも云うべき文章を、特に他の文章から区別する必要はあろう。之を世間では「論文」とか「巻頭論文」とか呼んでいる。その呼び方は何でもよいが、之が所謂論文ではなくて評論でなければならぬことは、前から云っている通りで、変りがない。評論はただの学術論文とは違って、原則的な時評か又は文明批評の資格を必要とし、テーマの常識上における広範性と新鮮味と衝動的な示唆とを欠くことが出来ぬ。その代り証明や論証のディテールに渡るものは、単に筆者の頭の中で構築しさえすればよいので、一々表現には及ばぬ場合もあるわけだ。
 重役の訓示の類をサラリーマンは「巻頭論文」と呼んでいるそうである。儀式として尊重はするが聴く必要もないし判る必要もないというのである。だが夫は評論雑誌にペダンティックな装飾のように生まの学術論文が載せられたり、通り一片のお題目に就いてのコケおどしの評論が載ったりするからで、つまり思想的評論の資格に於て欠ける処があるからなのだ。――同じく三六年九月号の雑誌の例をとるなら、思想的評論としての資格を持ったものは巻頭論文では、まず矢内原忠雄氏の「自由と青年」(『中央公論』)に指を屈してよいかと思う。『改造』の山川均氏「国家社会主義」は寧ろ電力国営論批判として、巻頭論文よりも所謂時評にぞくすべきものだ。と云う意味は時評とは一定の限られた時事問題に即して、原則的な立言をすべきものだというのであって、山川氏のようなやり方の論文[#「論文」に傍点]こそが、実は時評というもの全般のやり方とならなければならぬというのである。
 この矢内原氏の評論に就いて、私は他ですでに手短かにその特色を指摘したので、繰り返すのを控える。現代に於ける進歩的分子の心情と決意と態度とを取り扱ったものとして、ただの空まわりの一般論ではない。だが之に評論の本質を与えたものは、結局「精神的自由」という合言葉なのである。処がこの肝心な中心観念が残念ながら、どうもただのそこいらに転がっているお説教用の原理と本性上大差がないのだ。日本の社会主義には宗教的信念がないから成功しないのだ、と云わぬばかりの主張に帰する。こういう種類の精神的な裏づけをしないと、論文[#「論文」に傍点]が「評論」にならぬのだとすれば、現下の日本の思想界は、正に評論の危機に臨んでいると云わねばなるまい。
 今しばらく巻頭論文系の文章を離れて、文章に評論らしい資格を与えそうな、何等かの原則を探ねて見ると、ヒューマニズムというものが眼の前に横たわっている。之は文壇のトピックでもあるようだが、それというのも実は論壇評論壇の根本テーマだからだ。その証拠に、矢内原氏の評論の立脚点であるプロテスタンティズム(?)もヒューマニズム主義者のヒューマニズムも、共通のある機能を持っているだろう。と云うのは、このプロテスタンティズム式「精神的自由」も、ヒューマニズム式「ヒューマニティー」も、どれも、唯物論に代位して思想の論理的システムの中核となろうとしている世界観の原則の心算だからだ。
 ヒューマニティーの強調をすぐ様ヒューマニズムというシステムの主張にすりかえることは、論理的に大きなギャップがあることだ。この点をこの際多くの論者は見遁しがちだ。無論、合言葉をすぐ様思想のシステムの軸とすることは、自由だから自由主義、精神だから精神主義、理想だから理想主義、文学だから文学主義、と推論するのが可笑しいように、可笑しいことなのだ。私は「ヒューマニズムの現代的意義」の筆者(『文学界』一九三六年九月)森山啓、阿部知二、そして特に三木清の諸氏に、この間の消息に就いて、より以上の関心を期待したいと思う。ヒューマニズムというスローガン(?)は今は極めてピッタリしている、之を導き出すシステムは併し、ヒューマニズムでは困ることになる、という一つの消息をだ。岡邦雄氏がヒューマニズムに「限定」を要求したのがそういう意味からなら、よく判る。

   四[#「四」はゴシック体]

 思想[#「思想」に傍点]というものから便宜上或る意味に於て政治[#「政治」に傍点]を捨棄すれば、残るものは恐らく教養[#「教養」に傍点]というものになる。ヒューマニズムと自由主義(文化上の自由主義)もこの教養問題に関係があるのだ。作家に就いてもその教養が問題になっている。ここに最近の評論壇のトピックの一つの代表的な特色を見ることが出来る。
 桑木厳翼博士が「教養としての哲学」を説いているのも、学術と思想、科学と教養、とを区別しようという、評論[#「評論」に傍点]の意義の強調かと思う。処が教養とは何かと云われると、之は決してそう簡単には判らないものだ。少なくとも普通教養と考
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