談会の成案を答申書として提出することになった。
 要点の第一は、高等学校(高等科)を廃して、大学予科一年又は中等学校第五学年を以て之にかえ、大学卒業年度を二年乃至三年短縮しようということであり、要点の第二は、総合大学を廃して単科大学(今日の専門学校に相当する)を主体とし、特に学術研究の志しあるものだけが大学院(今日の総合大学に相当する)に入学すること、というのであり、要点の第三は、各階梯の学校が夫々完成教育を施す処であって上級学校への予備教育の機関である弊を打破すること、である。
 それより少し前に、中学校乃至中等学校を四年制の建前にしようという当局の意見もあったが、中等学校教員や教育者の多数が、大反対をしたのでその後あまり音沙汰を聞かない。とに角、教育年限短縮はこの頃の社会の持論のように見受けられる。
 四年制中等学校の建前に対する反対意見の主なるものは、上級の最後の一年間の教育が中等教育に於て占める絶大な効力を尊重しなければならぬ、という点にあったようだ。年限短縮論者の中には、欧米の大学卒業の年度が日本に於てより遙かに年少であることを根拠にしようとするらしいが、夫は必ずしも当らないそうで、日本だけが特に教育年限が長いのではないというのである。
 今、中等学校教員の生活問題から来る反対動機はさし当り論外としよう。なぜなら之はたしかに社会に於ける[#「社会に於ける」に傍点]「教育[#「教育」に傍点]」なるものの重大問題であるのだが、併し少なくとも直接には、被教育者の教育の問題ではないからだ。之を抜きにして考えるとして、即ち被教育者の教育だけを社会に於ける教育全体から抽象して問題にする限り、教育年限が長すぎて悪いということはどこにもない筈だ。まして日本だけが教育年限を短縮しなければならぬという理由はどこにもない。だからその限り[#「その限り」に傍点]吾々は、遽かにこの中等学校年限短縮案には賛成出来ない、と云わねばならぬ。
 だが問題はもっと根本的な処に伏在している。一体中学校の第五年学級が、中学一般教育上絶大な教育的効力をもつのが仮に本当としても、その教育的効力なるものが、どういう種類のものであるかによって、改めて考え直して見なくてはなるまい。中学校では本当に普通教育的な即ち人間の生長にとって本当に普遍的な意義のある、教育を元来施しているのかどうか、それが判らなければ
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