家には病人があり……」と云って泣き出して了ったというのである。念のために云っておくが、泣き出したのは子供の方ではなく母親の方なのである。新聞の話しでは、之を聞いた一行は、さすがにホロリとさせられたというだけで終っているのだが、それから先が問題ではないかと思う。
 実の子ならばまず大抵の親は虐待などはしたくない筈だ。それを「虐待」しなければならなくするのは、云うまでもなく親子の生活のためだ。それから本当に子供を虐待するのは、所謂「親方」や雛妓《すうぎ》の抱主だろうが子供を親方や抱主に渡す親達は云うまでもなく生活の必要に迫られるからだ。親爺がのんだくれだとか何んとか云っても、相当の収入でもあればやたらにのんだくれになるものではないので、之も結局生活の不如意からだ。虐待を除いても虐待の原因を除かなければ、何等の根本政策でもあり得ない。
 なる程九月三十日には、街頭で発見された虐待児童は乞食二十一名、辻占売十五名、新聞売十一名、遊芸十名、絵本売六名、コリント台売四名、花売二名、合計六十九名だったのが、この法律実施の初日である十月一日には僅かに辻占売一人と乞食三人としか広い東京市の街頭で発見され
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