ける虐使其他から護ることになった。之を喜ばない人間は本当は一人もいない筈である。今年の六月初めには、公娼の自由外出が許可されたが、薄倖児の救済はそれにも増して吾々自身に希望を与えるものがある。尤もその反作用として、わが国は、まるで原始社会のように、女や子供を虐待する国柄であったような気もしないではないのだが。
前日の九月三十日には、東京府社会事業協会は市内五十の各社会事業団体を総動員し、全市を十五地区に分けて、早朝から係官を出張せしめ、主旨の宣伝に力めたものである。「可愛そうな虐待児童がいたらすぐに警察に知らせて下さい」とか「十四歳以下の子供に物売りをさせてはいけません」などというビラを配りながら、薄倖な児童の家庭を訪問させたのである。
処で新聞の社会面が報じる※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話によると、社会事業協会の幹部の一行が吾妻橋傍に佇んでいる親子ずれの門付けをつかまえて、明日から止めないと懲役になるよと注意すると、母親は急にメソメソと泣き出して了ったそうである。「この子に稼いでもらわなければ御飯が食べて行けないのです、亭主には棄てられ
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