滝川問題」から「京大問題」への論点の推移に従って、彼等の算盤のおき方が、多分段々変って来たようだ。否段々本当のおき方を露出して来たのかも知れない、滝川教授復職問題(又は少くとも同教授復職に代るだけの代償要求問題)は、いつの間にか、京大法学部存続問題になって了ったのではないか。「京大問題」はそうやって「滝川問題」とは別に、滝川問題をおし除けて登場したのではないか。滝川問題なら責任は文部省にあったのだが、今云った京大問題――京大存続問題――なら、責任は、あくまで辞職を主張する教授達にあることになる。文部省に対立する教授団の結束ではなくて、反対に、文部省に従う教授団切り崩しが、従って問題の解決[#「解決」に傍点]となるわけだ。一人でも残留することが、京大問題の解決だということになる。それが彼等の一身上の問題解決にもなるし、又それが恰も文部省の思う壺でもあったことは云うまでもない。「京大」問題が解決されてその代りに、「滝川」問題は解決されないままで吹き飛んで了う。文部省は滝川教授だけでもと思ったのに、佐々木、末川、恒藤、宮本(英雄)などの目障りな教授達を、思いがけることもなく一ペンで清算して了
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