のではない。社会に於ける或る一定の人間の生命が覘われるということが、何より直接な重大な治安の紊乱なのだ。
日本には治安維持法という立派な法律がある。だがそう云っても今、この法律を五・一五事件や血盟団事件に適用しなかったとか、したとかというようなことを問題にしようとするのではない。又「治安維持法」という名を有ったこの法律が、一体本当に治安そのものを維持するための法律であるかないかは、一般にレッテルと中身が一致するかしないかが哲学的に決まってはいないように、決っていないのだし、それに治安維持という法律上の概念が何を指すかは、法律学解釈専門家の合理化的解釈を俟つほかない。日本の政府はそうした合理化的解釈をさせるために、法科大学を、即ち今の帝大法学部を、造ったのである。仮に京大の法学部などが横車を押したにしても、教壇や試験場での机上の解釈は尻目にかけて、大審院の実践的解釈が物をいう。法律の世界でも――他の科学的世界に於てさえ何とも知れないのだが――、大学教授よりも判検事の方が、科学的権威があるのだ。
とにかく治安維持法という名称を有った法律が行われているのは、立派な事実である。行われない法
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