なかったわけだ。この体系を、今日世間では準戦時的体制[#「準戦時的体制」に傍点]と呼んでいる。林首相的表現に於ける八大政綱を如何につつき廻しても、こんな見事な体系を見つけ出すことは骨であるかも知れないが、陸相的表現を借りれば、一言にして明白になる体系だ。国民は、理論的首尾一貫と理論的指導性に於て、どっちの大臣の頭が優れているのか、眼が高いか、いやどっちの大臣の椅子の方が高いかを知るべきだ。
 展望台がどこにあるかが判った以上、之に登って下々の人民共の世界を観望すればよいわけで、そこに展開する蒼生の風のまにまによろめく姿は、八大政綱を以て表現しようが、九大政綱を以て表現しようが、新政綱であろうが、旧政綱であろうが、変りはない。つまりそんなことはのりと[#「のりと」に傍点]かお題目[#「お題目」に傍点]であって、どうでもいいことだ。この政綱の類を神宣やお題目だと云って政府そのものを非難する者は、心ない次第で神宣でお題目である程度のことこそが、偶々正に必要なことだったに過ぎないのである。神話だって題目だって何かの利き目があればこそ世の中に存在するのである。
 さて以上のような点を心得ておいて
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