大政綱の弁護
四月十日林内閣は「八大政綱」なるものを発表した。すでに同内閣が組閣当時発表した有名な政綱があって、夫が祭政一致の宣言から始まっていることは、少なからず日本の民衆を刺※[#「卓+戈」、231−下−4]し、そればかりでなく甚だしく世界の人類を感嘆せしめたものである。処が七十議会を解散した政府は、四月末の総選挙に先立って、改めて政綱を発表するという前振れの下に、国民の注目を惹きつけていたが、遂に夫の蓋が開いた。
その内容は後にするとして、同じ政府が幾月も経たない内に政綱を二度も発表するというのはどういうことだろうか。前の政綱が不充分であったがためなのか、それとも前のは間違っていたから訂正したという意味なのか、それとも今回政府が政策を変えることにしたというのであるか。だがそういう点には殆んど全く、新(?)政綱は触れていない。七大政綱でも九大政綱でもなくて、精密に八つの政綱であり、之が必要にして充分な数であるらしく思うのが正しいのかも知れないが、そうだとすると増々、前の数政綱の改廃の経緯を説明して呉れなくては困る。この調子だと今後又更に、例えば三大政綱や五大政綱が発表されな
前へ
次へ
全402ページ中384ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング