と私は考える。右翼運動に対する本当の本然的警察機能は別にある筈なのだが、それが今云った思想警察という洞窟に封じこめられて無力化されて了っているので、右翼団体はもはや本然的警察機能の対象以外に横たわるものとなって了っている。わずかに暴力団という、右翼団体の身代りが、この本然的警察権の槍玉にあげられたに過ぎない。之によって右翼そのものは益々警察から安全になるのだ。処で一体、本然的な警察機能が右翼団体に及び得ないものとすれば、果して一切の暴力行為に対する警察の社会的機能に於て完璧を期待し得るかどうか之が何より大切な疑問の要点なのである。
世間の一部の人は、今度のギャング狩りを目して、何だ今更わざとらしく、と云うかも知れない。それは無意味に皮肉な批評という他はないが、併しいつでも出来る筈のことを偶々最近気が向いたから始めたというような印象は確かに消し難い。今にしておそきを憾むのであって、やったことが悪いというのでは重々ないが、今更らしく鳴物入りであるのがチグハグな気持ちを与えるのは事実だ。それがというのも、大体検挙の対象が常習犯的存在で、或る意味では警察が半ば知っていて時宜的に手心をしていた
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