配であるらしく、それ程どっちも頭の内の観念的な心配でしかないらしいこの心配には一向実証的な現実味がないことが之で判る。併しそれはそれとして、一体ギャング弾圧が右翼弾圧という意味を持っているというのは本当だろうか。
なる程今日でも右翼団体のあるものは単なるギャング団にすぎないようだ。そして之がギャング団たる所以は世間で簡単に考えているよりももっと広い意味を持っているのだ。ユスリやタカリや脅喝ばかりでなく、口頭や推参や文筆による各種のドナリ込み迄も本当は暴力行為に這入らねばならぬ。尤もこういう広義の暴力行為になると世間では之を決してギャング視しないようだが。だが仮にギャング団という意味をごく露骨な旧式な意味にだけとっても今日の右翼団体にはギャング団にすぎないようなのがある。それはどうも事実であるらしい。
併しだからと云って暴力団の検挙がすぐ様右翼弾圧の意味を持っている、ということにはならぬ。無理にそういう意味を見て取ろうとするのも間違っているし、そういう意味の心算でやって見せようというのも誤りだ。単に右翼団体と暴力団とがうまく重り合わない二つのものだからというのではなく、暴力行為の取締
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