に移ろう。そう云ったら怒る人もいるかも知れないが、とに角思想関係で馘になったとかならぬとかいうのでない、もっと面白い馘になり方もあるという話だ。教育史上では、この間の法政騒動は、美濃部問題や滝川問題に負けず記録的なものだ。というのはその馘首量に於て優秀なのである。敵味方入れ混っての合戦だということをまず注意しておいて、最初の前哨戦は平貞蔵教授の免職である。一体九大法文学部の初期の教授達が例の(又出て来たが)美濃部博士の系統だったと似て、法政の経済学部の教授達は大体高野岩三郎――大内兵衛系統の新進だ。その内で一等権謀もあり率直さもあるのが平氏だったようだ。表面上はあまり香しからぬ理由で(尤もそういう理由は大学の自治の手前大して重大性を有つとは[#「有つとは」は底本では「有っとは」]思われないのだが)、罷めて確か満州の調査機関に赴任して行った。その後本隊の決戦が行われることになる。
そこで馘になったのは所謂四十七士で(尤も正確には四十七人はいなかった)、問題の中心人物野上豊一郎氏を始めとして、相手方の森田草平氏が不倶戴天の仇敵のように考えている内田百間氏や、山崎静太郎・佐藤春夫・土屋文明
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