が、小柄で精悍で当るべからざる快漢であった。この間実に久しぶりに顔を合わせることが出来た時、矢張当時の変らない面貌が躍如としているのが愉快だった。
 そういうことはどうでもいいが、山田氏が地代論に就いては推しも推されもしない権威を広く認められているに拘らず、一二の特別な雑誌其他を除いては、あまり普通の評論雑誌ジャーナリズムの上で筆を執らないため、或いはあまり有名でないかも知れぬと思って、特に読者の注意を喚起しておくのである。大学を罷めた理由については、深く知らないし、又やたらに穿鑿するのも考えものだと思うが、何か左翼運動に加わっていた学生に金か有価証券を貸してやったというようなことに由来していたようだ。
 九大の法文学部は最近までいつも教授間の騒動が絶えない処だが、思想問題の名目で九大の所謂左翼的教授(向坂・石浜の諸氏)がやめる前に、木村(亀二)・杉ノ原・風早・滝川・佐々其他の一連の若冠教授達が、喧嘩両成敗の意味もあって馘になっている。まだ大学に赴任しない内、ヨーロッパに留学中のこの教授達が、パリーのレストーランかどこかで教授会議を開いた頃から、風雲が急だったそうで、それが遂に爆発した
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