化して行くことになるのだ。子供達がこの試験地獄から解放されるためには、彼等は入学試験から解放されるよりも先に、家庭から、家族の一員としての隷属から、解放されなければならぬ。夫はつまり日本の[#「日本の」に傍点]「家庭」というものが従来の魔術を失うことなのだ。(一九三五・二)
[#地から1字上げ](一九三五・三)
[#改段]


 免職教授列伝


 免職大学教授として有名なのは、東大の所謂三太郎と九大の佐々、向坂、石浜の三幅対だろう。この人達は今更私は述べようとは思わぬ。尤も今では前者の中、大森氏だけは後者の三幅対と一つになって四人兄弟となっているが、その代り、山田勝次郎氏が京大の農学部助教授を追われて、平野・山田(盛)の二人に加わったから、所謂左翼に三郎[#「三郎」に傍点]が揃ったわけだ。世間周知の通り、山田(勝)氏は東大の臘山政道教授の弟で、以前の「ソヴェート友の会」やその後の「日ソ文化協会」で主になって働いていた綺麗な山田夫人の夫君であるが、高等学校時代には農学部の予科(当時高等学校は帝大予科であった)にいたので私の方は先方を先輩として顔を知っていた。剣道の副将か何かだったと思う
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