、卒業生の就職難は一遍で解決するというのである。だから「失業問題」というのは貧乏問題でなくて教育精神の問題だったのである。
教育精神の問題をいくら具体化した処で、農村問題が出て来ないことは明らかだ。従って「失業問題」を具体化したものが農村問題だなどと思うと、途方もない計算違いになる。「農村問題」というのは農民[#「農民」に傍点]の貧乏問題と云ったような失業問題ではなくて、全く農村[#「農村」に傍点]の救済[#「救済」に傍点]問題なのだ。と云うのは、関東震災の時に製糸業者を国家が救済したり、神戸の鈴木が潰れた時に台湾銀行を救済したりした、ああいう意味での救済を、農民に対してはとに角、農村に対してやろうというのが「農村問題」だ。だから農村救済は農村の中小地主や中小資本家のために農村金融をしてやることだというようなことになる。無知な農民達は金融と聞くと、金を借りることばかりしか考えないが、そしてこの点に於ては「庶民金融」という掛け声を聞いて好い気持になる都会の庶民(市井人、即ち小市民)も農民と少しも変らないが、併し金融というからには金を貸すことの方が建前だということを考えて見なくてはなるま
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