ない、問題は資本家地主や所謂中産階級という社会の最も健全な分子が貧乏することである、否、社会の大多数の資本家地主やましてそれに及ばぬものが如何に貧乏しようとも、少数の信頼するに足る分子が夫によって増々繁栄を来しさえするならば、国家はビクともする必要は事実は何処にもないのだから、問題はこうした社会の健全分子の貧乏ではなくて、実は彼等の貧乏意識だけが困りものなのである。だから一等いけないのはこうした健全分子の内でも比較的純粋な自覚能力を持ったインテリの貧乏意識なのだというのである。失業問題なるものは実はインテリの失業問題だったのである。なる程初めから貧乏な人間がどんなに今更貧乏しても、「問題」になる筈はあるまい。
 そこで失業問題の解決は大学や学校を卒業するインテリの就職問題に帰着するわけで、而も夫が更に大学や学校の教育問題に帰することになる。現代の形式主義的、非人格主義的、唯物思想的、非実際的な教育方針が、正に「失業」の原因だということが判ったのである。こうして「失業問題」は凡そ貧乏問題とは関係のない「学制改革」問題に転化する。社会の実情に即した、すぐ様社会に役に立つ教育をやりさえしたら
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