物の数ではない。そういうわけで、特に急いで対外的に宣揚しなければならない程の内容ある日本文化は出来ていないのが遺憾ながら今日の事実だろう。
寧ろ、盛んになっているのは、愛国家が敢えて宣揚することを好まぬような、アッパッパ映画や東京音頭まがいの街頭小唄位いのものではないか。――日本の文化水準は一般的に、最近|頓《とみ》に停頓して来たし、特に又日本固有文化[#「又日本固有文化」に傍点]は決定的な衰退の途を、もはや引きかえすだけの勢をもっていない。宣揚する必要があるのは、日本固有の文化があまりに昂揚しているからではなくて恐らく、あまりに没落して行き過ぎるからかも知れない。
だが国際文化局という名が付いているからと云って、正直に、問題が文化にあるのだなどと思うと大間違いをする。問題は文化などという甘ったるいものにはないのだ。文化などは実はどうでもいいのであって、抑々日本は満州問題を惹き起し、国際連盟を脱退して非常時に這入ったのだ。そこでこの国際連盟を出た代りに国際文化局を当方で造ろうというのである。国際連盟はその文化委員会でさえが日本側が受動的だったのだが、まず第一にこの点を逆転して文化的に攻勢に出て、それをやがて「外交」の強硬化に合致させようというのが、この外務省国際文化局の使命なのである。だから文化のことなど実はどうでも良かったわけである。
併し何と云っても国際文化局という名が付いている以上、日本の文化の宣揚をしないというわけには行かず、従ってその結果は、おのずから、広汎な国際的文化交換、文化連絡をしないというわけには行かなくなる。どの国とどの国とに対しては文化交換をやるが、他の国とは文化交換をしないというような態度は、対手が大使や公使を交換している国である以上、一寸おかしいだろう。
現在「日ソ文化協会」という社交クラブがあるが、警視庁外事課はあまり之を愛惜していないようである。だから多分、之などは国際文化局に編入されて了うことになるだろう。――対ソヴィエト関係は之でいいとして対ドイツの関係はどうしたものだろうか。嘗つてプロイセンの憲法を輸入したわが国は、最近ナチスの社会政策を輸入しようと企てているらしい。けれどもヒトラーはその代償として、「日本固有の文化」などという凡そ非ドイツ的なものを受け容れる様子は見えない。そうするとこの場合国際文化局の仕事もあまり、文化宣揚にも文化交換にもなりそうもないではないか。一体、一定の対手だけを選んで文化宣揚をやろうというのが無理な注文であると同じに、一方的[#「一方的」に傍点]にだけ文化の宣揚をしようということが、虫のいい勘定なのである。
処で文部省は大学、専門学校の教授の海外留学を停止する方針だそうである。之も今云った外務省の虫のいい方針と何かの関係があるかも知れない。強硬外交ということであるが、之は教育・文化政策上の強硬外交であるかも知れない。海外留学の代りに、この頃は専門学校以下の教師になると、内地留学というのが相当盛んに行われている。なる程、本当に自由な条件の良い時間を得たいと思っている研究家にとっては、内地留学は海外留学よりもズット有難いことに違いない。もし「国民精神文化研究所」などへ留学を命じられるのでさえなかったならば。
とにかく外務省と文部省とが之程仕事の上で接近したことは慶賀すべき現象で、何も文部省は、内務省や陸軍省ばかりの同伴者である義務はない筈である。
三、児童虐待防止法
この十月一日から児童虐待防止法が実施され、十四歳未満の児童を、家庭内に於ける虐待・種々なる職業に於ける虐使其他から護ることになった。之を喜ばない人間は本当は一人もいない筈である。今年の六月初めには、公娼の自由外出が許可されたが、薄倖児の救済はそれにも増して吾々自身に希望を与えるものがある。尤もその反作用として、わが国は、まるで原始社会のように、女や子供を虐待する国柄であったような気もしないではないのだが。
前日の九月三十日には、東京府社会事業協会は市内五十の各社会事業団体を総動員し、全市を十五地区に分けて、早朝から係官を出張せしめ、主旨の宣伝に力めたものである。「可愛そうな虐待児童がいたらすぐに警察に知らせて下さい」とか「十四歳以下の子供に物売りをさせてはいけません」などというビラを配りながら、薄倖な児童の家庭を訪問させたのである。
処で新聞の社会面が報じる※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話によると、社会事業協会の幹部の一行が吾妻橋傍に佇んでいる親子ずれの門付けをつかまえて、明日から止めないと懲役になるよと注意すると、母親は急にメソメソと泣き出して了ったそうである。「この子に稼いでもらわなければ御飯が食べて行けないのです、亭主には棄てられ
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