包含すること論を俟たざるが故に、反乱行為自体が殺人・殺人未遂又は爆発物取締罰則違反等の態様を有する場合と雖も、これ等は反乱罪の罪体に包括せらるるものにして別に他の罪名に触るるものとなすべきに非ず。」
 殺人でも傷害でも何でもかでも、反乱罪にさえぞくしていれば殺人事件、傷害事件等そのものとしては罰せられないわけである。之によると事実上反乱罪は殺人罪ほど恐ろしい罪ではないようである。――で私は今まで全く飛んでもない思い違いをしていたことが初めて判ったのである。民間で殺人罪を適用するよりも軍人に反乱罪を適用する方が、刑が重いのかと思っていたが、実は正にその反対だったのである。
 こう思って顧みて見ると、罪名問題による司法軍部の例の対立・司法当局と軍検察当局との協議に対する軍被告側の憤慨・等々という一連の動向に対する疑問が、一遍に心持よく氷解するのを覚える。私はここで初めてホットしたのである。一切の疑問は綺麗に解けた。後は最後の審判の日を待つだけのようである。

   二、××救援会

 処が又も一つ問題が始まる。云い忘れたが、例の十一人の青年のために心配したのは私だけではなくて、実は日本国中で、公判開始以来ずっと「減刑運動」が行われていたのである。世間では、法廷に於ける被告の態度や答弁や見解が、細々しく新聞紙によって報道された結果だとも云っているが、もしそれが本当ならば、「減刑運動」を宣伝し煽動した功績は殆んど専ら新聞紙に帰するわけだ。何かの意味に於て同情するもののために(或る弁護人は「大乗的に肯定する」と云っているが東洋には中々ウマい言葉がある)刑を軽くして欲しいという意志を正直に発表することは、ウッカリ物など云わない方がいいと云ったような知恵が専ら行われている現在の日本では、それ自身推賞すべき道徳で、立派なことであるのは云うまでもないが、併し裁判は大権にぞくすることで、量刑の問題に就いて人民は容喙してはならないのが立前だ。軍部と司法当局とが公判事務上の打ち合わせをしても、大権干犯の疑いを生じる世の中だから「減刑運動」は一般的に云えば、同じ疑いを招かずには措くまい。けれども「大衆」(?)はなぜか調子に乗ってこの×××減刑運動の計画を進めることを止めない。
 朝日新聞「鉄箒」欄(八月十七日付)で河野通保弁護士が法律家の立場から、所謂減刑運動に対して警告を発しているのは時節柄注目に値する。減刑の主張を理由づけるためには当然、被告を賞恤・救護したり、犯罪を曲庇したりしたくなるわけだが、第一にそうした目的を持つ集会・出版・報道は法律上禁じられていること、それから第二に、裁判に関する事項に付いては請願[#「請願」に傍点]をなすことを得ないということが、指摘された。残された方法は歎願[#「歎願」に傍点]の形式だけだというのである。
 請願はいけないが歎願はいいということになるらしいが、請願と歎願と法律上どう違うかは問題外としても、二つのものが実際上どれだけ区別されるものであるかを吾々は知らない。歎願でも例えば判事の論告の内に取り上げられれば実際上は極めて大きな効果があるので請願でなかったことを悲しむ理由はどこにもないだろう。最近そうした処置を合法化した判例もあるとかという話しだ。
 そこで歎願[#「歎願」に傍点]の形式を持った減刑要請[#「減刑要請」に傍点]は、二十四日の陸軍側公判廷に提出されたものを見るとすでに七万人の署名の下に行われている。その後更に東京付近だけで一万六千人の署名がある。減刑歎願書一万人署名が完了した際などには、明治神宮や靖国神社へ行って祝詞を奏したり被告の武運長久の祈願をこめたりしている。但し対手は神様なのだから之は被告賞恤や減刑請願になる心配はないので疑いもなく歎願だから心配しなくてもいい。
 関西の軍需品製造の某資本家は、陸軍被告家族一同に対する慰問金として、陸相あて金壱百円也を寄贈した処、当局から早速家族にその旨通知すると、家族達は事件当日首相官邸で殺された某警官の遺族に之を譲ったそうである。時ならぬ減刑美談ではあるが、救援活動も×××ものになると、情を知っていようがいまいが、××で済むものもあるらしい。
 減刑運動はこう云う次第でかく取り扱いにくい。之には警察当局も痛し痒しで、その取り締りの程度に迷って了う。何しろ相手は×××背景にもっているのだからウッカリしたことは出来ないのだ。そこで警保局は緊急対策を慎重協議の揚句、あたらずさわらずの方針をヤット確立することにしたのである。それによると歎願書署名運動のような「純真」なものは徒らに抑圧してはいけない、単に不純な意図や不純な方法によって行われるものだけを、取り締りさえすればよい。凡そ苟くも本運動を抑圧するかのような誤解を民衆に起こさせてはならぬ。そういう通牒を地方
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