で明白になって了ったことで、男の児に太郎という名をつけることと、女の児にお花という名をつけることとは、無論対立でも何でもないということが、その後段々判って来たのである。
 法律家でない一般人、少くとも私などは、法律のこの種の使いわけは甚だ尤もで、多分之を強力に主張したのは軍部側だろうが、流石は軍部だけあって、峻厳な英断を敢行するものだな、と感心したものである。
 〔66[#「66」は縦中横]字削除〕 果せる哉、軍検察当局は重刑を以て臨むというような意向を洩していたのである。
 こうして軍部の論告求刑の日は近づいて来た。凡ての疑問は解決されて了ったから、あとはただその日を待つばかりになったわけである。
 処が問題は或る意味で蒸し返されざるを得ないことになった。陸海軍法務局当局は、どう思ったか陸軍側の論告求刑の日である八月十四日に先立ち、大審院に林検事総長を訪い、軍部民間の五・一五被告全部に対する論告求刑に就いて協議を遂げ、その結果陸軍側の論告に加筆するために十四日の開廷を十九日に延期する旨を発表したのである。
 男の児と女の児とに同じ名前をつけられやしないかと、曽つてヤッキになって心配した向が、今度は、男の児の命名と女の児の命名とが協議されることを、甚だ頭痛に病み始めたのは無理ではない。陸軍側弁護人達は海軍側弁護士団と呼応して、軍法会議の本質を指摘し、法務局主脳部の軽卒・軍検察権独立の危機・検事総長の××干犯を強調し始めたのである。
 之に対して大審院側は、三省会議で量刑[#「量刑」に傍点]上の打ち合わせなどしたというのは×××××で、単に事務上の協議をしたものに過ぎないといって軽くあしらったし、陸海軍両大臣は「軍検察権は断じて他の干犯を受くることなく独自の権威を以って事件に処するものである」という意味の言明をあっさりと与えたので、一同はそのまま引き下って了った。結果はややアッケないが、とに角司法当局も軍検察当局(之も反作用的に同罪たるべきものだが)も、××干犯をわずかに免れ得たのは大慶の至りである。
 第一師団軍法会議はかくて目出度論告求刑のために開廷の運びになった。二十五歳を頭に二十三歳迄の十一名の元士官候補生が、例の恐るべき反乱罪の名の下に求刑される十九日が来た。一定の便宜のためにデッち上げられた非科学的なイデオロギーのため×××たこの十一名の無心な霊魂のために、私の心は痛んだ。こういう理由で彼等の不幸を嘆いたものは、恐らく私だけではなかっただろう。――然るに心ない新聞記者や雑誌編集者が、彼等をマルで見世物みたいに囃し立てたのは心外である。一体彼等被告は「転向」したのでも何でもないのだ。不幸にして彼等には転向美談はないのだ。だのにジャーナリスト諸君はどういう積りであんなに騒ぎ立てたのか?
 併し、案ずるよりは産むが易いとやらで、蓋を開けて見ると、十一名が十一名とも、禁錮八カ年の求刑に過ぎない。反乱罪の条項でも、「首魁」でないことは云うまでもなく、「謀議に参与したる者」でもなければ「群集を指揮したる者」でもない彼等は、単に「その他諸般の職務に従事したる者」に外ならないというのである。求刑がこうならば、判決は多分もっと軽くなるのだろう。それに××当時「諸般の職務に従事した」(?)者の先例もあるから、仮出獄も容易かも知れない、反乱罪というものの規定をよくも知らずにスッカリ心配していた吾々は、全く無駄な心配をしたものである。
 求刑に対する諸家の感想が新聞に出ている処を見ると、甚だ[#「甚だ」に傍点]重すぎるという意見と甚だ[#「甚だ」に傍点]軽すぎるという意見とが対立しているようである。一体神聖なる日本の裁判事項に対してみだりに私議すべきでは[#「私議すべきでは」は底本では「私議すべでは」]ないだろうが、多少の重軽が問題になるならとに角、甚だ重いと甚だ軽いという両極端が対立するのはどうした現象だろう。こういう事件になると社会の通念もあまり当てにはならぬものらしい。併しとに角、思ったよりも軽かったということは一安心だが。処で前々からの心配が無駄になったのはどうして呉れるかと問う向きもあるかも知れない。
 之に対しては匂坂検察官の、痒い処へ手が届いたような論告が、弁明している。曰く「被告人等の行為が前述反乱罪の外更に殺人・殺人未遂・及爆発物取締罰則違反等の罪名に触るるや否やにつき案ずるに、反乱罪は党を結び兵器を取り、反乱をなすにより成立するものにして、即ち兵器をとり反乱をなすことを以て犯罪構成条件の一となすものなるが故に、その反乱行為により人又は物に対し殺傷又は損壊を加うることあるべきは勿論、兵器にぞくする爆発物を使用するが如きは当然予想せざるべからざることにぞくし、又反乱罪は治安を妨げ又は人の身体財産を害する目的に出でたるものをも
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